成績表と気持ちばかりの課題を受け取り、夏休みが始まった。青春を謳歌する者、部活に勤しむ者、バイトに明け暮れる者、引きこもって好き放題する者、活動は違えど夏休みは学生に自由を与える。

「らっしゃいませー」

ちなみにわたしはバイトに明け暮れる者だ。週4日ガソリンスタンドで働いている。危険物乙4の資格を持っているため、時給がよくなるのだ。元親が働いているところのようなセルフスタンドが増える中、昔からあるこのスタンドは地元の人がよく利用するためなかなか盛況していて、働いているとあっという間に時間が過ぎていく。

「苗字」
「徳川先輩、」
「休憩時間だぞ」

制服の赤帽子を脱いで笑顔を向けてくれる徳川先輩。電気科の3年で、元親の親友でもある。
先輩に促されるまま事務所に戻り、帽子を脱いでまとめていた髪もほどいた。クーラーのよく効いた部屋で汗を拭ってふぅと一息吐く。

「お疲れ」

そっと机の上に置かれたスポーツドリンク。先輩の爽やかな笑顔が眩しい。

「いつもすみません」
「なに、ワシが好きでやってることだ。気にするな」

それに、どうせもらうなら礼のほうがいい。徳川先輩は気さくで明るくて優しい。どの科にもファンがいるというのも納得だ。
有難く頂戴したスポーツドリンクのキャップを開け、ごくごくと喉を鳴らして飲む。渇いた体に急速に染み渡る感覚。ふはぁと息を吐けば、そういえば、と徳川先輩の声がポツリと響いた。

「…元親がどうしてるか、知ってるか」

時が、一瞬だけ止まって、また動き出す。
あの海にふたりで行った日から、元親とは会っていない。連絡も取っていないし、恐らく部屋にも帰っていない。

今までも何度かこういうことはあった。誰にも告げることなく体一つでバイクに跨って、北海道やら九州やらときには外国にまで足を伸ばして一人旅をしてきたことが。でも、元親の愛車の富嶽は、アパートの駐輪場に置き去りにされたままだ。

結局わたしはあの日、元親に何も応えることができなかった。
元親の本音はわたしの心の奥底に火傷を負わせ、癒えることなく今もジンジンと痛みを訴え熱を帯びている。

「…わかりません。何も」

冷たいペットボトルが汗をかいている。手のひらに雫が伝う。

「…そうか」

徳川先輩はそれ以上何も言わなかった。

すっかり日が暮れ、黒が世界の色になる。お疲れさまでしたと挨拶を交わしてからバイクに跨りヘルメットを被る。夜の風はどことなくひんやりとしていて、頭の中が少しだけスッキリした。
アパートの駐輪場にバイクを停めて、階段を昇る。元親の部屋の電気は相変わらずついていない。
ひとつ、息を吐いて鍵をさしこむ。普段なら右回りに回る筈の鍵は手応えなく左にしか回らない。鍵が、開いている。大慌てで扉を開けると、玄関には見慣れない靴が一足。今日は父が帰って来る日ではない。リビングの灯りが漏れている廊下を、足音を忍ばせてそっと進む。覚悟を決め勢いよく扉を開ければふわりと香る磯の香り。キッチンに立つ見慣れた銀髪。

「よォ、お疲れさん」

行方不明の筈の男が、そこにいた。


アンビリーバボー


∴130301