あの日からしんしんと降り続く雪は辺り一帯を白く覆い、さまざまな音を吸収してなお降り続けている。志望校を外部と決めてから初めてのテストのための勉強は驚くほどに進まない。理由は自分が一番よく知っていた。

わたしと仁王は似ていた。寒がりなところ、ひとりが気楽なところ、人肌が恋しくなると意味もなく携帯をいじるところ、心を許したひとには甘えるところ。わたしたちはどこまでも同じで、そして、どこまでも異なっていた。
お互い言葉は必要としていなくて、温もりだけがあれば、他には何もいらなかった。
いつからわたしと仁王のベクトルが交わらなくなったのか。一番卑怯なのは山内くんでも仁王でもない。わたしだ。
すきだすきだと全身で表現してくる仁王に甘えて言葉を返すことはしなかった。いつかいつかといつまでも訪れないすきだと仁王の薄い口唇が告げてくれる日をただ待ち続けていただけ。お互いの気持ちなんてお互いが一番よくわかっている。言葉を交わさなくても、触れるだけで、想いは伝わっていたのに。

いつからだろう。仁王の傍にいるのが怖くなったのは。仁王に触れられる度にいつまで?とタイムリミットを考えてしまうようになったのは。仁王のことがすきな女の子たちの妬ましい視線に苦しくなりはじめたのは。
焦っているのか、そう問われれば素直に頷いてしまう。そう、わたしは焦りはじめていた。もう半分をきった高校生活、周りの成長、環境の変化、季節は巡り、時間は流れる。そんな中で仁王とわたしだけがいつまでも変わらない関係で、取り残されていくような、そんな漠然とした不安を抱えていた。
変わらない関係こそが、一番の幸せだったくせに。

大きく息を吐き出してシャーペンを放り出す。背もたれに寄りかかって見慣れた天井を見上げれば、頭のなかをぐるぐる回っていた思考が霧散していく。

ふと、小さく鼓膜に触れた音に椅子に座り直してカーテンがかかった窓を見やる。空耳だ、そう流してしまうにはあまりに聞き慣れた音。立ち上がり、カーテンを開ければ白く曇った窓ガラスが外の気温の低さを表している。そっと鍵を開け、カラカラと窓を開く。急激に流れ込んできた冷気にぶわっと鳥肌が立つ。自分で自分を抱き締めながら外を覗き込めば、一面の銀世界と、今にも溶け込んでしまいそうな、やわらかなぎんいろ。

「にゃあ」

鼻の頭を真っ赤にした仁王がわたしを見上げていた。

「にお!?な、何してるの?風邪引いちゃ…」
「名前ちゃん、」

いいから、そのままでおって。
慌てて玄関に向かおうとしたわたしを引き留める、仁王の柔らかな声色。

「今まで、たくさんありがと」
「名前ちゃんがおったから、俺は色んなことを知った」
「初めてなんじゃ」
「触れたいと思う」
「触れられたいと思う」
「ずっと一緒におりたいと思う」
「そう思えるようになったんじゃ」

あの寒がりの仁王が、雪の降るこんなにも寒い夜に会いに来てくれた。きっとものすごく寒いだろうに、鼻も頬も耳も真っ赤にして、それでもすごく優しい幸せそうな顔で、わたしを見上げている。
その姿に涙腺がゆるゆると緩む。視界が滲む中、ふるふると首を振った。もういい。もういいよ、にお。もういいよ、


「好きじゃよ、名前ちゃん」


とろけるような優しい微笑みを浮かべた仁王が甘い甘い幸せな音を紡ぐ。ぽろぽろと涙の粒が目の縁から溢れだし、喉を震わせる。

「わたしも、におが大好きだよぉ…!」

口に手をあて、泣きじゃくりながら叫ぶ。仁王は今までで一番、嬉しそうに破顔した。


山内くんに告白されたとき、気がついたの。わたし、泣きたくなるくらい仁王が好きなんだって。そしたらいろんなことが怖くなった。今のままじゃいけない気がして、何かを変えようとして、仁王と自分の気持ちから逃げようとしてたの。何よりも仁王が一番傷ついていたはずなのに。ごめんと謝ったわたしに仁王は何も言わずにわたしの手を取り、スリ、と頬擦りをした。

「…名前ちゃんなら気づいてくれると思っとった」

窓の下で待っとるとき、絶対気づいてくれるって。
わたしの部屋で、暖房に当たってようやく温かくなった頬をわたしの手のひらに押しあてて、仁王は照れくさそうにはにかむ。
わたしの顔にも仁王の熱が飛び火したみたいに熱くなってどうしようもない。

「わかるよ。だって、すきな人のことだもん」

少し仕返しの気持ちも込めてそう言ってやれば、仁王はへにゃりと嬉しそうに微笑んだ。

触れ合えば、言葉はいらないくらいにお互いの気持ちは通じ合っているけれど、言葉にしただけでこんなにも幸せな気持ちになれるのならば、これからは何度でも際限なく伝えたい。
だいすきだよ、におにゃんこ。



The cat cries towards starlit sky at night.



title.joy
121204 fin.