心から尊敬する男で、血の繋がりはなくとも父と慕う人が起ち上げた会社に入社し、がむしゃらに仕事をしてきた。そして気がついたら部長という位置に腰を据え、時期社長と言われるまでになった。別に社長になることには興味がない。仕事は嫌いじゃないが、表に立つのは好きじゃない。ただあの人の役に立ちたいその一心で今まで働いて来た。社長から直々に後を頼むと任されたなら話は別だが、もっと上を望む野心はない。それに、手のかかる部下もいる。

「も、申し訳ございません…ッ!」

新しい企画を売り込む会議にて、説明を任せた名前はガチガチに固まっていて、まぁ何かしらやらかすだろうなとは予想していたが、案の定やらかした。重役達の前に立ちディスプレイを前に説明しようと一礼した名前が抱えていた資料が見事なまでに雪崩を起こし、机一面に資料が滑り広がったのだ。
顔面蒼白で謝罪をする名前だが周りの重役は和やかに見守っている。あらかじめ伝えておいて正解だったな。慌てて資料を回収した名前が縋るように俺を見つめる。ひとつ頷き返してやれば安心したのかもう一度謝罪をしてから説明を始めた。

名前は常に全力だ。手を抜くことをしない。提出する書類やら発案した企画やらを見ればそれがわかる。誤字脱字やらケアレスミスは目立つものの、アイデア自体は斬新で磨けば必ず戦える企画を作って来る。だからこそ、俺の下に置いている。自信がないながらも常に全力で頑張るいじらしい部下のフォローをするくらい、なんの苦にもならない。

「いやあ君の言っていた通りだったなマルコ君!あんな大胆な資料の配り方、わたしは初めて見たよ!」
「恐縮です」

先方の重役が心底愉快そうに豪快に笑う傍らで軽く会釈をして控える。

「いや愉快だった!企画も斬新で着眼点が面白いかったよ。是非この企画で頼むよ!」
「ありがとうございます」

がはがはと豪快に笑いながら俺の肩を叩いて会社を後にするその背中に深く一礼して見送る。姿が見えなくなってから体を起こし、ふぅ、と息を吐き出した。凝り気味の首を左右に曲げて音を鳴らしてから休憩ルームに向かう。
案の定長椅子に座ってうなだれている名前がいて、どこまでもわかりやすい奴だと笑みが浮かんだ。

「お疲れさん」
「マルコ部長…」

名前のすぐ脇の自販機の前に立ち、コーヒーのボタンを押す。名前の声はわずかに震えていた。

「また、ドジ踏んじゃって、申し訳ありませんでした…」

チラリと斜め下に視線を向ければ、椅子に腰掛けたまま名前が深く頭を下げていて、髪の隙間から白いうなじが覗いていた。慰めは、必要ない。ただ事実を伝えるために口を開いたが、言葉を発する前にわざとらしく間延びさせた口調で俺を呼ぶ声がした。

「大変ですねぇマルコ部長もー。出来の悪い部下を持つと!」

他部署の課長だったか、社長に憧れて入社し、何を勘違いしているのか俺を目の敵にしている男がわざとらしく同情の目を向けて来る。普段なら無視を徹底するのだが、チラリと名前を見やれば頭を下げたままプルプルと小刻みに肩が震えていた。自分の情けなさに泣き出さないように必死に涙を堪えているのであろうその姿はあまりにいじらしい。

「気遣いに感謝するよい」

無意識下に名前を庇うように男と対峙し、コーヒーを飲み下した。

「だが俺は部下に恵まれててねい」

空になった紙コップを所定のゴミ箱に放り投げればうまい具合に弧を描いて入った。

「今日も大口との契約一個、決めてきたトコだよい」

そう言って胸ポケットから取り出したタバコをひとつくわえれば、男は悔しそうに顔を歪めた。

「ま、ウチのホープはちぃとドジッ子だがねい。どっかの誰かさんみてェに嫌味しか言えねぇちっちぇ男には渡せねぇない」

紫煙を吐き出しながら名前の肩をポン、とたたけば、男は忌々しげに舌打ちをひとつ残して足音も荒々しく去っていった。いやあ、若いねい。
ふぅ、ともう一度煙を吐き出せば、蚊の鳴くような小さな声でマルコ部長と呼ばれ、振り返れば未だ涙が滲む瞳で信じられないと俺を見上げる名前がいた。

「さっきの企画…通ったって、本当ですか…?」
「嘘言ったってしょうがねぇだろい」

内ポケットから取り出した携帯灰皿に吸殻を押し付ける。名前は未だに眉根を寄せて縋るように俺を見上げている。

「アチラさん、大層お前の企画を気に入ってたよい。是非この企画で進めてくれだとよい」

先ほど恰幅のよい男に告げられた言葉をそのまま教えてやれば、名前は目を真ん丸くした。その拍子に目尻からぽろりと一粒雫が零れて、慌てたように手の甲でそれを拭う。

「ありがとうございます!マルコ部長!」
「お礼言われる謂われはねぇよい。お前の努力が実を結んだまでだろい」
「…ッマルコ部長ぉおおお!!」

子ども扱いになるかと少し躊躇ったが、あまりに嬉しそうに笑うものだからついポンポンと二度名前の小さな頭を撫でれば、感極まったように座ったまま俺の腰に勢いよく抱きついて来て、少しばかり驚いた。

「わたし、一生マルコ部長に着いて行きます!!」

ぎゅうぎゅう俺に抱きついたままそう宣言する名前に呆れた笑いが出そうになったが、名前が入社してからずっと名前に恋慕の念を抱いていながら全く気づいてもらえず若干ストーカーになりかけている気持ち悪い古馴染みの顔を思い浮かべれば、優越感からざまあみろと中指を立ててやるのも悪くない気がした。


fin.


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