大学4年生の夏。わたしはリクルートスーツに身を包み、慣れないヒールをこつこつと鳴らして、街路樹の並ぶ歩道を颯爽と歩いていた。いや、正直に言えば颯爽とは言いがたい。メイクを施した顔は汗で半分崩れていたし、新品のスーツだって心なしかくたびれていた。稀に見る大不況の影響は、特に取り柄もないわたしのような一介の大学生に降りかかってくる。周りは次々と内定をゲットしていく中、わたしはひとり就活に明け暮れていた。運なのか実力なのか知らないけど、行く先々でどうにも首を縦に振ってもらえない。可も不可もない、平凡を具現化したようなわたしに世界は優しくない。焼け付く日差しを均等に並ぶ街路樹の影に隠れて歩を進める。額から伝った汗が頬を濡らす。不快指数はとっくにメーターを振り切っていた。やりたいことがあったから大学に入ったはずなのに、学んだことを仕事にできないのって、なんか本当にむなしい。自分なりに4年間必死に勉強してきたことが、全部無駄になってしまったみたいで。どこの会社、どこの企業に行っても示し合わせたようにみな同じ言葉を口にする。

『いや君は全然悪くない、悪くないよ?でもなんていうかな、うちとしては、もうちょっと個性が欲しいんだよね』

眼鏡をかけた、いかにもエリートでそれを鼻にかけているような男に今日も言われた。その前も言われた。その前の前も。義務教育まではずっと個性を殺すような教育方針で教育してるくせに、大学を卒業して社会人になったとたん個性が欲しいとか、なんなんだ。わたしだって本当は自分の思うままに答えたい。でも学校で教わる就活なんて全部が全部テンプレートで、個性を出したら負けだって言ったじゃないか。うそつき。その時のわたしは自分以外の誰かのせいにしないと耐えられないくらい、精神的に参っていた。誰だってそういうときくらいあると思う。人間は総じて弱い生き物だもの。だからこれは決して天罰に値するような罪じゃあないと思うんだけどなー。
地面が陰って何事かと空を仰ぎ見た先、頭上2メートルに迫った恐らく工事現場のクレーン車から落ちたのであろう鉄骨を眺めながら、わたしは22年という短い人生の幕引きを思った。


104(所謂不慮の事故ってやつ)


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