「サッチってあれだな、名前の保護者みたい」

そう最初に言ったのは誰だったか。狭い職場内で的を射たそれはすぐに浸透し、サッチは名前の保護者というテンプレートが出来あがった。
いつでもサッチが助けてくれる、支えてくれる。それが嬉しい反面悔しくも思えた。そうやってサッチの傍に立っていたって恋人と噂されることもなければよりによって保護者として認識されてしまうなんて。つくづく自分のアホさ加減に嫌気が差す。もしもわたしがバリバリ仕事が出来る女だったら、サッチとの甘い噂のひとつやふたつたったかもしれないのに。いや、そもそもわたしがバリバリ仕事出来たらサッチには助けてもらう必要がない訳だから、そんな噂が立つことすらなかった?そう考えるとダメダメな自分でもよかったのかな…いやでも…。そんな下らないことを考える毎日。
元々サッチは同期ではなく、同じ企画部の先輩だった。最初はみんなサッチ先輩って呼んでたけど、そういう扱いに慣れてないのか、別に上司でもなんでもないんだから普通に呼び捨てで呼んでくれ、とサッチ自身が言ったのだ。なんて出来たひとだろうと、憧れを抱いたのもあの頃だったかもしれない。それから企画を何度か一緒に立ち上げる機会があって、わたしのダメさ加減を知ったサッチが何かとフォローをしてくれるようになったのだ。
気さくで、優しくて、かっこよくて、大人で、そんな人がすぐ傍でフォローしてくれてるのに、好きにならないわけがない。密かに淡い恋心を育んだわたしは女に芽生えた。このままずっとドジし続けたら、サッチはずっと傍でわたしを支えてくれるんじゃないかって。そんなこと、あるはずがなかったのに。浅はかなわたしへの天罰が下ったのだ。



「お前、また昇進蹴ったらしいねい」

デスクの上に明日提出の書類作成に必要な資料を忘れたことに気づいてとんぼ返りしたある夜。就業後の会社にはほとんど明かりが点いていなくて、おっかなびっくり暗い廊下を進み、目当ての資料を腕に帰ろうとした時だった。部長室に明かりが点いていて、マルコ部長が残業してるなら挨拶して行こうと足を伸ばした。そうしてノックをする寸前に聞こえたそんな言葉。誰かと重要な話をしているみたいだしすぐに退散しようと踵を返そうとしたけど、それは叶わなかった。

「何だよマルコ、今さらだろ?」

ドア越しに聞こえた声が、くぐもっているのに聞き慣れた、サッチの声だったからだ。
動くのを忘れたかのように固まる身体。聴覚だけは異様に鋭敏で、自分の鼓動とドア越しのマルコ部長とサッチの会話をとらえる。


「…相変わらず、名前がいるからかい?」
「はっ、愚問だな」

不意に出てきた自分の名に、自然と肩がぴくりと反応を示し、目が大きく見開く。

「俺以外の誰が名前の面倒見ンだよ」

どくり、一度大きく心臓が跳ね上がり、静かにその場を立ち去った。
考えてみればおかしかったのだ。あれほど毎回様々な企画を成功させているサッチが未だわたしと一緒の平社員のままだなんて。少し考えればわかることだったのに、こんな時にまで自分の至らなさを突き付けられるとは。
わたしのせいで、サッチが昇進できない。わたしが足を引っ張っているから。いつまでもわたしがサッチに頼っているから。わたしが、浮かれていたから。優しいサッチは責任感が強いから、きっと自分が昇進してわたしが独りにならないように何度も何度も昇進話を断っていたのだろう。マルコ部長の口振りがそれを物語っていた。
わたしが、浅はかな女だから。有望なサッチの将来を潰しているんだ。自分勝手に負い目を利用してサッチに漬け入って、これからも傍にいてほしいから、サッチの優しさを逆手に取って縛り付けていたんだ。なんて、なんて最低な女なのだろう。涙すら流れなかった。わたしには泣く価値なんてないから。泣いていいのはわたしじゃない。ずっと迷惑を被っていたサッチだ。
わたしはその日、徹夜で書類を仕上げ、そのまま朝一で会社に出勤した。まだ誰もいない部署の自分の机を粗方キレイにし、マルコ部長の机の上に今日提出するはずだった書類と、へたくそな自分の字で綴った退職届をのせて。紙袋ひとつ片手に提げて、会社に向かって一礼をしてからその場を立ち去った。

わたしに、彼の将来を潰す権利はない。


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