「隊長?!」

自隊の奴等が目をひん剥いて船縁から飛び降りる俺を呼んだのがわかった。だがそれに応えてやれる暇はない。親父には許可を取ったし、マルコも察して隊の面倒を見てくれるだろう。二振りのサーベルを腰の後ろに挿して雪深い森を駆ける。寒さ対策に一番分厚いコートを着て来たが、その判断は正しかったらしい。露出している耳がヒリヒリと痛む。幸い雪は降っていなかったから、ひたすら静寂に包まれた森を走る、走る。行き先は俺の周りを飛び回る蟲が示してくれていた。



「あ?」

名前がひとり先に冬島に向かったと聞いた時から背中を這いずっていた嫌な予感が確信に変わった。明日の朝には冬島に着くとわかった夜。厨房に一匹の蟲が入り込み俺の周りを忙しく飛び回った。

「こらこら、厨房には入って来んなって言っただろ?」

手で蟲を払いながらそう声をかけるも、蟲は羽音を鳴らしながら必死に俺に纏わりつく。この蟲が名前の蟲かはわからなかったが、蟲なら名前を知ってるだろうと思っての発言だった。いくら名前の蟲に好かれていようがさすがに蟲の言葉はわからない。だが、いつも以上にしつこく飛び回り、俺の精気を吸い取ろうとすらしない蟲に、背筋に嫌な汗が伝った。

「…まさか、名前になんかあったのか?」

そう尋ねる声は俺の声じゃないみたいに弱々しかった。ヂヂヂヂ!と今まで以上に羽音を必死に響かせる蟲に、名前がなんらかの危機に瀕していることを悟った。本当の意味での虫の知らせである。そこからの俺の行動は速かった。まずオヤジの元に駆けて行き夜中にも関わらず酒を飲んでいたオヤジに蟲が名前の危機を知らせに来たらしいという報告と単独で船から降りることの許可をもらった。オヤジはグラグラと笑ってから、ハナッタレのアホ娘を任せたぞと俺の肩に手を置いた。言われなくてもそのつもりだ!と拳をあげて部屋を出る。まず真っ先に部屋のクローゼットの一番奥にしまいこんだ手持ちの中で一番寒さに強いコートを引っ張り出す。それからサバイバルの覚悟もして必要器具を揃える。最後に総取締役であるマルコの部屋に向かい事情を説明した。マルコはコーヒーを飲みながら目頭をおさえ、俺の話を聞いていた。

「…気になる報告があがってねい」

俺の話を静かに聞いていた野郎は書類整理の時だけかけるメガネを外すと、深く息を吐いた。

「…そこの島の領主がとんだ下衆野郎でねい。島に停泊した賞金首の海賊を襲っては散々に嬲ってから殺して晒し首にするらしい」

ゾワリと、肌が粟立った。頭に浮かぶのは、最悪な状況。そのイメージを振り払うためにブンブンと首を横に振った。俺が信じなくて、誰が信じるってんだ。

「本当ならお前に任せたくねぇが」

名前を頼む、静かに告げられたその言葉がずしりと俺の肩にのしかかる。おう、短く応えた響きの中に、すべてを込めた。


蟲の知らせ


9