雪に触ったら普通なら冷たいと感じるのだろうが、名前には生憎その冷たさは分からない。
踏み荒らされていない真っ白な雪を掬い上げると、寒さに耐えられなくなった蟲達が腕ごと崩れ落ちた。



島の気候はそんなに荒れてはいないが、寒さは耐えられないぐらい低く身体を構成していた蟲達がばたばたと白い雪の上に落ちていった。その代わりに呼び寄せた蟲達が体内に入ってまた代わりに身体を徐々に構成していく。


どれくらいの数を取り込んでいるのかは自分でもよく分からないが、地道な作業だ。
とにかく時間がかかるし、長い時間集中しなくてはいけないので疲労も半端ない。

大きな木の下で深々と降り注ぐ雪を避けながら地道な作業を黙々と続ける。
端から見たら身体が欠けた女に蟲が集っているように見えるだろう。我ながら気持ちが悪い。

前もこんな哀れな姿を目撃されて化物扱いされた。
気持ちが悪いなら寄ってこなければいいのに、人と言うのは気持ち悪さと興味なら興味の方が上回ることが多いらしい。



「サッチも…同じなのかな」



家族にも見せたことがないその気持ち悪い姿を、サッチが見たらどう思うのか少しだけ気になった。
小刻みに震える羽音が脳内に刻まれるように染みついて少しずつ意識が遠くなる。


笑うのだろうか。
気持ち悪がるだろうか。
それとも見てないふりをするだろうか。


サッチならきっとどれも当てはまらない気がする。
ただ静かに側に居てくれる、そんな夢みたいなことを考えてしまった自分に嘲笑しながら名前は意識を手放した。











気が付いたら雪の上ではなく無機質なアクリルの上に転がっていた。
透明なアクリルは箱状になっていて、蟲の入り込む隙間もない。

構成される前に密閉された空間に閉じ込められたせいで足が未完成のまま露出した蟲がじくじくと蠢いた。


周りの景色も雪から高そうな調度品に変わり、箱の中からでも部屋が暖かいことがわかる。床には高そうな絨毯が惜しみ無く何枚も敷き詰めてあり一目で相手の身分の高さを感じ取った。
そして勿論、助けられたのではなく捕まったんだと言うことも。



「お早いお目覚めだな」

「……」


「白ひげ海賊団の一人をただで簡単に捕まえられるなんて、今日は実にツイてる」



卑下するような視線がやたら板についているところからして、この男は常に人を下に見ているに違いない。
稀に見るゲスな男だ。

健康的とは言いがたいほど肉のついた腹周りがよほど重いのか、身体が少し反り返っている。ご自慢らしき髭を指で弄びながら高そうな懐中時計を覗き見たその男はこちらを一瞥してから机に置いてあった手配書を手に取って鼻で笑う。



「デッド・オア・アライブだ。つまり死んでようが構わないと言うことだ」

「…‥」

「私は海賊と言う低俗な奴等が大嫌いでね。海賊の苦しみ悶える姿を見るのが大好きなんだ。その為にわざわざ買ってきたりするんだが、なかなか高くて馬鹿にならない」


下級な奴等の働きが悪いせいだ、と忌々しげに呟いた男は名前の方を見て黄ばんだ歯を見せて下品な笑みを浮かべた。


息苦しく感じるのは、密閉された空間のせいなのか。それとも目の前にいるこのゲスな男のせいなのか。



「お前の方がよっぽど低俗だよ」


小さな声で呟いた言葉に笑っていた男の顔が強張り、そして欲にまみれた男の目が嫌な色に変わった。





いつかのあなたへ


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