好きになる筈がないんだ。
だってサッチは、一番嫌いな人間じゃないか。




部屋に引き籠ってベッドの上で身体を小さく丸めた名前は先ほどのサッチの言葉に言い訳をするように一人ぶつぶつと呟いた。


自己犠牲の精神が強ければ強い人間ほど名前の中で苦手意識は強くなる。
それはやはり目の前で死んでいった兄に関係あるのかも知れない。もっと正確に言えば、あの時目の前にいた兄を助けられなかった負い目がそうさせるのだと思う。

『死んでも守る』とかそう言う類いの言葉を聞いただけで虫酸が走る。



それなのに未だに引かない頬の熱が、サッチの言葉を肯定するように熱くて、不甲斐ない。


サッチと距離が縮んだのは、蟲の都合であり自分が側にいたいと願っている訳ではないのに。

コンコン、と控え目にノックされたドアを一瞥してまた丸まる。今は誰とも会いたくない。



「名前ー?」


しかもサッチなら尚更だ。
無言を貫いていると、ガチャガチャとドアノブが左右に回る。


「名前いるんだろ?開けろよ」


「こ、来ないで下さい!私はサッチ隊長なんか嫌いです!」



ドアの前でサッチがため息を吐いたのが分かって、ずきっと良心が痛んだ気がした。
真っ向から嫌いだなんて言われたら誰だって呆れてしまうことぐらいわかってるし、嫌な気持ちになることぐらいわかる。



「開けろよ、名前。別に怒ってねぇし、名前が俺のこと嫌いならそれで構わねぇし」


ごつん、とドアに何かがぶつかるような音がして名前は足音を消してドアに近づいた。
鍵を静かに開けて恐る恐るドアを開けると、サッチの顔を確認するよりも先に足がドアの隙間に入り込んでくる。



「うわ‥ちょっ…サッチ隊長っ」


「なーんてな?俺結構怒ってんの」



顔だけ出してすぐに閉めようと思っていたのに、サッチの足がそれを邪魔する。
にっこり笑いながらもドアを無理矢理こじ開けようとするサッチに名前は顔を引きつらせてドアノブを握る手に力を込めた。
力の込めすぎで腕がぷるぷると小刻みに震える名前と違い、開けようとしているサッチは余裕綽々でムカつく。



「サッチ隊長、勝手に入ろうとしないで下さい!なんなんですか!」

「‥4回目な」


「えっ…」


「敬語で話すなって言っただろ?4回敬語で話した」



サッチの言うことがいまいち理解できずに一瞬手から力が抜けてその隙に完全に押し負けた。


「さて、どうしてくれようかな」


にっこり笑ったサッチが妙に艶かしくて、名前は後ずさった。


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