息が詰まって、うまく呼吸ができない。

目の前に立つサッチは相変わらずいつか見た酷く冷たい顔をしていて、あ…ぁ、と声にならない声が口から勝手にこぼれては消えていく。はくはくと何の意味も為さない口の開閉を繰り返せば、ひゅっと喉が鋭く鳴いた。
温度のない常磐色の瞳に射ぬかれまるで何かの能力にかかってしまったみたいにまったく体が動かない。荷物を持つ指先すらも、ぴくりとも動かない。

「名前」

懇願するように呼ばれた自らの名前が鼓膜を震わせ、思い出したように呼吸を再開した。

「っぁ…」

冷たい空気が肺に入り込み、呪縛が解けたように体が震えた。

「なァ名前」

もう一度呼ばれた名前にようやく目の前の男を認識し、その瞳を見つめ返す。

「もういいだろ?」

悲痛な表情で眉を寄せ、哀しげにそう問うサッチにさっきまでの冷淡さの面影はない。

「いい加減辛いんだよ、俺だけ敬語とかさ」

口調は拗ねたようなものなのに、その瞳は哀しげに揺らめいていて、困惑する自分が映っている。

「名前」

懇願するようなしかし甘い声音で、もう一度名前を呼ばれ、ごくりと唾を飲み込む。

「わ、かっ…た」

自らの口から出たのは酷く擦れた声で。

「ん、」

嬉しそうに笑うその瞳が歪に細まった。



底知れない色


9