「名前!具合はもういーのか?」

顔も知らない話したこともないクルーにそう声を掛けられた午後の2時半。

「え、あ、うん…」

吃りながらもなんとか反応を返せたけれど、初めてのことにあまりにびっくりし過ぎてうまく表情を作れなかった。

「ったく倒れるくらいなら最初っから勝負受けんじゃねーよォ。おかげでオレァ賭けに負けちまったじゃねーか!」

がはがはと豪快に笑うそのクルーの言うことはつまり昨日の宴でのエースとの飲み比べのことで、

「ご、ごめ…」
「まぁおかげでイイモン見せてもらったけどな!」

思わず誤りかけた名前の言葉を遮り、男はバシバシと名前の背中を叩く。
オヤジ以外はマルコやイゾウ、エース、それからサッチの他には誰も自分に触ろうなどとはしなかったのに、男は何の躊躇いもなく、異質な能力を持つ名前の背中に触れた。

「う、うん」

それに酷く戸惑ったのと同時に、胸の内側からじんわりと温かいものが溢れて来るのを感じて、一瞬言葉に詰まった。

「おっ!名前!昨日は大負けしてくれてありがとよ!おかげでこちとらァ大勝ちでな!」

男と対峙していると、また別のクルーが声を掛けて来た。どうやら後から来た男はエースに賭けていたために賭けに勝ったらしい。その歯に衣着せぬ物言いに、自分の中に少ないながらもしっかりと宿る闘争心に火が着いたのがわかった。

「次は絶対勝つし」

口にしてから生意気だと罵られるかと思ったが、男たちは一瞬驚いたように目を見開き、それからニヤリと海賊らしい悪どい笑みを浮かべた。

「よく言った!それでこそオヤジの子じゃねーの!」
「あァ、なら今度は名前に賭けるから負けたら承知しねーぞ」

そう言ってまたバシバシと背中やら肩やらを叩かれて、胸がジーンとなって目頭が熱くなって、慌ててイゾウの元へ駆けた。
オヤジの子だと認められたということはつまり自分が家族だと認めてもらえたということで、溢れそうな感情を言葉に出来ずイゾウの背中にしがみついて目に力を込めていたら、後ろからマルコにぽんぽんと優しく頭を撫でられ、一気に涙腺が決壊した。

嬉しくても泣けるのだと初めて知った午後の3時。おやつに誘うエースの声が甲板から聞こえる。



それは意外にも簡単なことで


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