それはとても穏やかな目覚めだった。
珍しく、夢を見ることもなく深い眠りに就いていたらしい。

「ん……」

微かに身じろぎ、布団とは違う固さのぬくもりに無意識に擦り寄る。
海のにおいのするそれにようやく違和感を感じたのは、微睡みもう一度眠りの中へ意識を落とそうとした直前だった。
一気に覚醒した頭で目を見開き、恐る恐るできれば見たくない現実を見るために目の前の白い壁を上へ上へと伝って見上げる。
そこには若干予想していたとは目の当たりにすると大分ショックな現実…サッチがいた。

「〜〜〜っ!」

声にならない悲鳴をあげ、慌てて腕の中から抜け出そうと試みるけれど、寝ているはずのサッチの腕はいつかの夜のように力強く名前の腰をとらえていて、逃げようにも逃げ出せない。
しばらく腕の中で奮闘してみたものの、ん…と小さく呻いたサッチがより力強く名前を引き寄せ、さすがの名前も諦めた。
もともとサッチと力勝負で勝てるわけがないのだ。
かといっておとなしくしているのもなんか癪で、この際だから寝顔をじっくり睨めつけるように見つめてやる。
あとで羞恥に苛まれればいいと思っての行動だが、サッチがそのくらいで恥ずかしがるような人間じゃないことまで頭が回っていないところを見ると、どうやら名前もまだ寝起きで寝ぼけ気味らしい。

昨夜は、宴だった。それでなんか宴の雰囲気を楽しみたくて、イゾウの隣で呑んでたらエースがきて、そしたら飲み比べすることになって、周りも盛り上がっててなんか楽しくなって、でもそれから記憶がない。
酔って何か醜態を晒してないといいけど、こればっかりは誰かに尋ねてみないとわからない。
はぁ、とサッチの腕の中でため息をひとつ吐く。
やはり慣れないことはするもんじゃない。
もう一度ため息を吐いてからまたサッチを見上げる。いつも個性的な形に几帳面に整えられている髭の周りにうっすらと無精髭が生えていて、常よりも幼く無防備に見える寝顔。
閉じられた目蓋を縁取る睫毛はバサバサと量が多くしかも長めで、初めて二重だと気づいた。

(なんか…、かわいい、かも?)

男性の寝顔なんて実兄以外見たこともないし、実兄だって記憶が薄れていてなんとも言えないけれど、普段みんなの兄としておちゃらけているオッサンだからこそ、こうして寝顔を見ると素っぽくてなんだか不思議な感じがした。

(あれ…それより蟲が…)

起きてからずっと蟲が精力が吸っているはずなのに、慣れたあの感覚ではない、初めて味わう感覚に目を見開く。いくら慣れたとはいえ、気持ちいいものではない感覚が、何故かひどく心地よく癒される感覚になっている。

(え…?え…?どゆこと?)

いくら問うたところで最近反抗期気味の蟲が応えを返してくれることはなく、ただ精力は吸われ続けているのに体も心も癒されていく。

(うあ…ねむ…)

たくさん寝たはずなのに、また穏やかな眠気が名前を襲う。
まるでそれは蟲が子守唄を歌っているような感覚で、サッチの腕の中というイレギュラーな環境の中、名前は驚く程あっさりと眠りに就いた。



二度寝警報


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