腕に止まったのは5匹。
首と足、背中その他を合わせたところで精々50匹弱。
たいして身体には影響はない。あるのは未だに慣れない身体を蟲が這う感覚だけといったところか。



「なぁ、名前はまだ来ねぇの?」


誰に話し掛けるわけでもなく、独り言の様に呟くと蟲達が一斉に羽を鳴らしだした。
どうやら名前を呼んでいるらしい。



最近、蟲とコミュニケーションを取れるようになってきた。
餌付けの効果なのか、サッチの言うことは理解しているらしい。

厨房には入ったらダメだ、と一度言ったら入ってこなくなったし、下腹部は流石に止めてくれと頼んだらちゃんとそれを守ってくれている。
蟲が何を言っているのかは相変わらずさっぱりわからないが、なつくと可愛いものだ。
名前が「うちの子」と言う気持ちもわからなくはない。



「サッチ隊長、蟲が‥」


控えめに叩かれた部屋の扉は、返事を待たずにゆっくり開く。
倒れていないか確認するように顔をひょっこり覗かせた名前を手招きで引き入れる。



「すみません、サッチ隊長。毎回」


「いいって。別に痛くも痒くもねぇし。名前が俺のところに来る理由にもなるし」


「前も言いましたけど…サッチ隊長も拒絶して下さると躾やすいんですが」


名前も相変わらず敬語で話す。
倒れたときは必死にサッチサッチって呼び捨てで呼んでくれていたのに、次の日からはまた抑揚のない前と同じ呼び方に戻ってしまった。
ただ一つだけ変化があった。



「なんで敬語?俺が倒れたときはあんなに可愛く呼ん…」


「あーっ!!」


遮るように大きな声を出して耳を塞ぐ名前は、以前とは違って顔を真っ赤にするようになった。
それが面白いやら可愛いやらでちょくちょくネタにしている。
とは言っても、あんまり言い過ぎると拗ねるから言い過ぎないようには気を付けているが。本人曰く怒っているらしいが顔を真っ赤にしてムキーッと怒る姿ははっきり言ってからかってくださいと言っているようにしか見えないし、ヤダヤダと駄々を捏ねる名前を見れるのは嬉しい。

きっと甘やかしてばかりのマルコやイゾウは絶対に見たことがない顔だ。



「と、とにかく、ありがとうございましたっ!」


蟲に手を伸ばした名前に蟲達が威嚇するように羽を鳴らす。
威嚇の音なら聞き覚えがあるのですぐにわかる。前までは自分に向けられていたものだ。



「………」


「まだ帰りたくねぇって」


「でも蟲に呼ばれたんです!そんなこと‥」


蟲達の反抗に絶句した名前を宥めるように肩を軽く叩くと名前は唇を噛み締めてぷるぷると震えていた。
まぁ呼ばれてきたのに帰らないと駄々を捏ねられたら怒りたくもなるだろう。



「名前呼んでって言ったのは俺だしな」


「……え、サッチ隊長‥蟲と話せるんですか‥?」


「まぁ一方的になら」



さらっと言ったら名前が驚愕の表情を浮かべて、ごくっと細い喉が鳴った。



「サッチ隊長‥まさか私から蟲を奪うつもりなんですか‥?」


「んー?だったらどうする?」


名前から蟲を奪ったら強制的に名前も自分のものだな、なんて思ったら笑えて。その顔を見た名前がぶわっと涙を浮かべた。
その涙は零れることはなくて、堪えたようだったが、眉間にシワは寄ってるし、口は不機嫌そうに曲がってるし。



「サッチ隊長なんて大っ嫌いですっ!!」


「あーよしよし、俺が悪かったって。冗談に決まってんだろ?取らねぇから泣くなって」



思わず泣きそうな名前に手を伸ばしてぎゅっと抱き締めると、名前は手の中でバタバタと暴れて怒っていた。



「はーなーしーてーくーだーさーいーっ!!」


「よしよし、泣くなって」


「泣いてません!!サッチ隊長なんて大っ嫌いです!」



腕の中で涙目で怒ってるんだろうなと思ったら妙に気分がよかった。



全ては手のひらの上


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