目が覚めたら腕の中に名前がいた。

(…え?)

数瞬たしかに思考も心肺も停止したと思う。
腕の中でくぅくぅと寝息を立てて眠る名前を起こさないようにそっと布団を持ち上げ状況確認。

(…っし、…服は着てんな…)

まぁ、朝男女が同じベッドで寝てたらまず確認するのはそこだろう。いくら兄妹とはいえもう立派な男と女だ。そういうことにならないとは言いきれない。

(あー…なんか久しぶりによく寝た気がする…)

イイ機会だし普段あんま触らせてもらえないしで腕の中の名前を優しく抱き寄せなおし、その髪に鼻を埋めてみる。陸の女とは違う、海の匂いとそれから柔らかな匂いに、何故だか酷く安心した。

(…あ、そういや俺倒れたんだっけか)

徐々に動き始めた脳が昨日のことを思い出させる。

(えーと?あ、思い出した。エースだエース)

昨日名前に蟲のことで謝られて、別に気にしてないのになんか名前が落ち込んでるみたいだったから話そうと思って、したらエースが兄貴らしく名前を慰めてて名前も素直に受け入れてるからなんかイライラするわモヤモヤするわ切ないわ悲しいわで気持ち悪くなって倒れた、…と。

(…俺、ダッセェ…)

思わず頭を抱えて蹲りたくなるほど浅はかな思考だったと今更に気づく。いくら寝不足だったとはいえこれはひどい。
今思えば名前が楽になるなら誰だってよかったんだろうし、今まで距離があったエースに頼れるようになったんなら諸手を上げて喜びこそすれ不快に感じる必然性などないに等しいはずだったのに。

(なァんか…嫌、だったんだよなァ…)

名前が頼る相手が、俺じゃなかったことが。冷静になった今でも、若干そう思う。

(なァんででしょうねー?)

腕の中で未だスヤスヤと眠る名前の顔にかかった髪をそっとどけてやる。つか今気づいたけど左手が名前の生腰に触れてるんだけど。…ラッキー。ってそういえばそうだった。部屋になんとかたどり着いたと同時に倒れこんで、気がついたらベッドの中で、しかも名前が横で俺のこと呼び捨てにしてるから夢だと思ったンだ。んでこっちはお前のことでいろいろむしゃくしゃしてんのに呑気に俺の夢に出て来やがってていう八つ当たり半分でベッドに引きずり込んだんだった。
あの時は夢だと信じて疑わなかったのに、今目の前に名前がいるのは事実で。

(…っかしーなァ…俺オンナが隣に寝てるとき熟睡できた試しねーのに…)

娼婦だろうが自分のオンナだろうが、隣にオンナが寝ているときはよくて仮眠レベルの浅い眠りしか経験したことがないため、名前が隣にいるのに朝までぐっすり熟睡してしまったことに驚きを隠せない。つか、自分ひとりだけで寝た後よりスッキリしている。もともと早朝に起きる習慣だし海賊という性だからかと半分諦めにも似た思いでいたのだが、どうやらそうじゃなかったらしい。

(つか、蟲に精力吸われてるはずなのに全然気持ち悪くねェ)

目覚めたときから名前を抱き締めていたため蟲たちに精力を吸われ放題しているはずなのに全く気持ち悪くないし、なぜかわからないがむしろ癒される。

(あー…なんか、また眠くなって来た…)

腕の中のぬくもりのせいか窓から射し込む陽の光のせいかわからないが、ぽかぽかと温かい何かに体も思考も包まれていく感覚。今日は朝飯当番じゃねェし、とうとうとと僅かな抵抗を繰り返す目蓋をそっと閉じ、名前の髪に鼻を埋めて深く息を吸って吐く。
海と名前の香に包まれながら穏やかな眠りへと意識を手放した。

名前が起きてこないのを心配したイゾウの捜索の末、俺の部屋にたどり着き、イゾウとマルコに半殺しにされるまであと3時間弱。



遺伝子レベルのお話


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