目の下がヒリヒリと痛む。
人の前で泣いたのなんて、いつぶりだろうか。
エースががしがしと乱暴に手で拭うから、きっと真っ赤になってる気がする。


でもなんだか凄く心が軽くなって暖かい。



「……」


「名前?どうした?」


「え?…あ、ちょっと‥用事思い出した。ご飯先に食べてて!」


「約束した日からそれかよ!まぁいいけどちゃんと食えよ」


呆れたように腰に手を当てて溜め息を吐くエースを軽く振り返って頷きながら、足はサッチの部屋に向いていた。


蟲の声が、聞こえた。
迎えにでも来いと言っているようで。またサッチのところに勝手に行った蟲がいるようだ。

もうどんな顔をして謝ればいいのか名前にはわからない。



「サッチ隊長、名前です。うちの子が‥」


軽く扉をノックすると、蟲の羽音が扉のすぐ近くで聞こえた。
耳鳴りのしそうなその音は、警戒したり攻撃的な時にしか出さない音で、慌てて扉を開けた。
ガツッと扉が途中でつっかえて、中をそろそろと覗き込む。
扉を遮ったのは、誰でもないサッチの足で名前は絶句した。



「サッチ大丈夫っ!?」


少ししか開かない扉から無理矢理身体を入れ込んで、勝手に部屋に入る。
この場合は仕方がないと思う。


床に倒れ込んだサッチの身体は妙に熱を持っていた。
とりあえず蟲の仕業ではないようで、名前はサッチの身体を蟲を使って持ち上げる。
流石にサッチを担ぐのは無理だ。


ごろん、とサッチをベッドに転がして蟲を回収するが、相変わらず蟲はサッチをいたくお気に入りらしく、離れたがらない。
蟲の中では名前に威嚇するヤツまでいて、もうどうしたらいいかわからないぐらいだ。



「戻んなさい!今サッチの精気吸ったら許さないからっ!」


思わず出た声は意外にも大きかったらしく、サッチが眉間にシワを寄せて身動ぐ。



「あー‥名前‥?」


怠そうに開かれた瞳はいつもみたいに力強いものではなく、酷く弱々しかった。


「サッチ隊長、大丈夫ですか?今船医呼んできます。4番隊にも私が伝えときます」


この熱が蟲の仕業ではないにしても、精気を吸われて抵抗力が落ちたのかもと思うと、知らないふりなんてできない。


「いい‥放っとけ」


「でも熱が‥とにかく船医に‥」


未だにサッチの腕に張り付いてる蟲を強制的に引き剥がそうと手を伸ばすとその手をサッチが取った。
いつもよりもずっと熱い手は、意外に力強くて引き剥がせない。


「サッチ隊長、蟲がついてるんです。それ取るだけですから」


「名前」



譫言のように名前の名前を呼ぶサッチは、本当に熱があるのかと思うぐらい強い力で名前をベッドの中に引きずり込む。


「ちょっ、サッチ隊長!?」


「‥頼むから、側にいて」


名前を抱き込んだサッチは苦しそうに呟いて、意識が朦朧としているんだと自分に言い聞かせる。
じゃないと恥ずかしくてこっちがどうにかなりそうだ。



「さ、サッチ隊長‥あの、誰か来たら誤解されるので‥」


控えめに声を掛けたがサッチは反応しなくて、そろそろと顔をあげると気持ち良さそうに爆睡していた。
一人でドキドキしてた自分が馬鹿みたいで、ちょっと泣きそうになった。


がっちりとホールドされた身体は解けそうにもないし、こんなところ誰かに見られたら死ねる。


「あの‥サッチ隊長、離してください。誰か来たらって‥ひぃぃ!」


シャツの下を指先が潜って、腰骨をなぞるように手のひらが伝う。


「さっ、サッチ!」


混乱した頭をフル回転させて身体を捩ったら、意外にも手は普通に止まって規則的な寝息が聞こえた。
規則的ではないのは名前の心臓だけだ。



「…馬鹿サッチ、起きたら覚えてなさいよ」



精気全部吸いとられてしまえ、と心の中で毒づいた。


無意識下の渇望


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