もう二度と、心が揺り動かされることなんてないと思ってた。
全部が全部、今更だって。

転校をした。中学1年生の11月まで通っていた学校に。懐かしい制服に身を包んだ生徒が行き交う中、ひとり違う制服を身に纏ったわたしは随分目立つのだろう。無遠慮に突き刺さる視線が痛い。
高校3年のこの時期に転校してくるなんて、例外にも程があると、わたし自身そう思う。だけれど仕様がない。仕様がないのだ。
わたしは、ひとりで立たなくてはいけないのだから。

「名前、」

放課後になり、教室の後のドアに立ちわたしの名を呼んだのは随分と成長した懐かしい顔。
机の脇にかかった鞄を取り、彼の元へと足を進める。それはもうあからさまにいくつもの視線が付き纏う。ときに、視線は暴力になり得ると思う。
俯いたまま彼の前に立てば、聞き慣れていたものとは違う、低い大人の男のひとの声で行くぞ、と告げられる。
ああ、わたしの知らない彼だ。その事実にひどく泣きそうになったけれど、彼にとっても、今のわたしは彼の知らないわたしなんだと思い直し、下唇を強く噛んだ。
彼の知るあの頃のわたしは、あの日わたしが殺した。


彼の大きな背中を見つめることも出来ず、ただ下を向きながら彼の背中を追って辿り着いたのは、5年振りに訪れた弦一郎のお屋敷。大きくて純和風のそれは、わたしの知っている頃のままだった。
ふと隣の家に視線を遣る。小さな子供の洗濯物がはためいていた。

「・・・入れ」

学校を出るとき以来初めて弦一郎が口を開いた。やっぱりわたしの知らない、低い男のひとの声だった。
通された彼の部屋は、男子高校生の部屋とは思えない、相変わらず整理整頓された部屋。わたしが知る頃より一段と、物が減った気がする。

「茶を、淹れてくる」

そう言って部屋をあとにした弦一郎の背中は大きい。背丈も体格も、あまり変わらなかったあの頃とはあまりに違う。

――弦一郎は、わたしの幼馴染みだった。家がお隣同士で、家族ぐるみで仲がよくて。幼稚園も小学校も中学校も一緒で、何かというと一緒にいた。週末は必ずどちらかの家でご飯を食べ合ったし、二家族で旅行に行ったこともあった。
あの、冬の始まりの日までは。

お盆に湯のみをふたつと、お茶菓子の乗ったお皿を乗せた弦一郎が部屋に戻ってくる。差し出されたお茶にありがと、と小さくお礼を述べて受け取る。
お互い口を開くこともせず、ただ出された熱いお茶をすするだけ。もともと静寂が満ちる部屋に、気まずい沈黙が流れる。昔は弦一郎といて気まずいなんて感じたことなかったのに。やっぱり時はいろんなものを変化させてしまう。

「・・・あの日、」

沈黙を破ったのは弦一郎だった。

「あの日、何があったか、教えてくれないか」

湯呑をテーブルに置き、弦一郎は真摯な瞳でわたしを貫く。
きっと、彼は覚悟している。これから話すことを受け止める覚悟を。わたしの声を聞き入れる覚悟を。

(…こういうところは、変わってないんだ)

なぜだかふっと力が抜けた。張っていた肩がわずかに下がる。
大丈夫、弦一郎になら、全部話せる。
目を瞑って、静かに息を吸う。舌で口唇を湿らせてから、閉ざしていた口を開いた。