蟲達が好むフェロモンがある。

それを自由に分泌出来るのが名前の一つの能力であり、蟲を操れる理由。一種のテンプテーションみたいなものだ。
勿論人間には効かないし、害もない。あくまでも蟲にだけ作用するのだが、たまに妙な動物も寄ってきたりする。

でもまさか、人間に効くなんて、思ってもみなかった。
いや本当に初めてだ。



いつものように情報収集に出していた蟲を呼び寄せるために甲板に出て、ぼんやりと蟲達を待っていた。特に強く意識なんかしなくてもこの力は楽に操れる。
いつもよりも強めにフェロモンを出して、蟲達を一匹また一匹と呼び寄せていた。

一番遠くまで出していた蟲が帰ってくるか来ないかのところで、何故かイゾウとサッチがひょっこり甲板に現れて驚愕の一言を溢す。


「名前、お前今俺のこと呼んでなかった?」

「は!?」


サッチの言葉に名前はいつもは使わないような言葉を吐き出した。


「なんか、名前から引き寄せられる匂いがするんだが‥」

「イゾウもかよ、俺もなんだよ。なんか匂いがしてさー、あ、名前が呼んでると思って」


なぁ?とお互いに顔を見合わせるイゾウとサッチに、名前は顔を引きつらせた。
動揺していたせいか、テンプテーションが途切れて二人は少し鼻を鳴らして首をかしげる。


「あれ?しなくなったな‥」

「みたいだな、名前の能力か?」


今までこんなことは一回も無かった。と言うよりもこんなことあり得ない。蟲だけが感じる微かなフェロモンに人間が反応出来るはずがないのに。


「なんかいいな、ちょっと癒された」

「まァ、嫌いな感じじゃァねェな」


満足気に笑うサッチとイゾウに、名前が何かを言えるほど冷静な状態ではなかった。
どう考えてもこの二人は可笑しい。

教えるべきなのか、それとも黙っているべきなのか。
名前には判断しきれない。


「…あ、蟲が‥」


テンプテーションが切れて、道を無くした最後の蟲が迷子になったらしく、それを感じて二人を振り返る。
今テンプテーションをかけると何となく二人の反応が目に見えるようで、無闇に使えない。


「…ど、どうしよ‥」


まさか人間が反応するなんて想定外過ぎる。


「どうした?」

「な、なんでもない!私ちょっとマストに登るからイゾウは早く部屋帰んなよっ」


二人から逃げるようにマストに飛び乗った名前は、とりあえず親父に相談しなくてはと切実に思った。


愛故にってことで


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