久方ぶりに流した涙はなかなか止まってくれず、ようやく落ち着いた頃には陽はすっかり昇っていた。真っ赤になってしまった目を濡れタオルで冷やしてから、机の上に置かれた朝食を食べた。随分冷めてしまっていたけど、ほんのりとした優しい温かさが残っていてすごく美味しかった。疲労した身体を労るような消化しやすいものに施された優しい味付けに、なんだかすごくくすぐったくなった。


「…ごちそうさまでした」

船番が大分ハケてから食堂に行き、カウンターにトレイをそっと置いた。気まずいからそそくさと片付けて部屋に帰りたかったのに、こちらを目敏く見つけたサッチが驚いたように近づいて来た。

「目ェ覚めたのか!大丈夫か?気分はどうだ?」

腰に巻いたエプロンで手を拭きながらやって来たサッチは、名前の顔を覗き込みながらそう問い掛けてくる。その相変わらずな距離の近さに眉を顰めながら半歩後退る。

「おかげさまで。サッチ隊長はお加減大丈夫ですか」
「お、心配してくれてんの?」
「違います。ただわたしのせいで寝込まれたら寝覚めが悪いので」
「はいはい。あんくらいで体調崩すほど俺はヤワじゃねーの。っつーわけで俺の心配より自分の体調治すことに専念しましょーねー?」
「だっ、だから心配なんかしてません!!」
「はいはいわかったわかった」
「ッ頭を撫でないでください!」

きゃんきゃん噛みつく名前をまるで子猫が威嚇してくるのをいなすように頭をわしゃわしゃと撫でて楽しそうに笑っているサッチ。
その笑顔に体調の悪さは滲み出ていなくて名前は内心ほっとしていた。目元に少し隈が浮かんでいるが、寝込むほどではないらしい。記憶は朧気だが、眠りに落ちる前、サッチは名前を抱き締めたはずだ。あの状態の名前に密着なんかしたら相当精力を吸われただろうし、少し気になっていたのだ。亡き兄もそれで体調を崩し寝込んだのだから、関係ないサッチを巻き込むのはやはり申し訳ない。いや、向こうが勝手に巻き込まれたのだが。

「今日はお前なんか用事あんの?」
「特にありません。自主留守番です」
「ふん?じゃあ一緒に飲み行くか?」
「行きません。どうか勝手に楽しんで来て下さい」
「そうかそうか。じゃあお土産楽しみにしとけよ」
「いりません結構です遠慮します」
「はいはい」

タバコをくわえて歩きだしたサッチの背中に向かって噛みつくように応えれば、サッチは適当にひらひらと手を振って食堂から出ていく。



「……お礼言いそびれた」

すれ違いざまに撫でられた頭に、頬が熱くなった。



紡げなかった言葉



9