転校生は、俺が来て3分後、チャイムが鳴る1分前に教室に入って来た。
とても緩慢な仕草で机のわきに鞄をかけると片手で口を覆って欠伸をしている。随分と眠そうだ。クラスメイトの何人かと挨拶を交わして女は腕を枕に机に突っ伏した。
半袖のセーラー服から伸びる腕は、やはり白く細長かった。

それは1時限目が始まる前の騒がしい教室で起こった。
騒々しい音を立てて開かれた教室の後ろのドア。あまりの音の大きさに教室中がしーんと静まりかえる。
ドアのところにはこの教室には滅多に訪れない真田の姿。用があるなら俺かと腰をあげかけたが、真田は険しい表情で俺ではなく教室中に視線を巡らせていた。
誰もが声をかけることもせず真田の動向を見つめていた。
真田は更に険しい表情を浮かべるとつかつかと大股で俺の方に向かって歩き出す。やはり俺に何か用なのかと思えば俺の席を過ぎた真田はそのまままっすぐ未だ伏したままの転校生の机の横でぴたりと立ち止まった。

「…名前」

いつもの真田の声よりもワントーン低い声で紡がれたのは、転校生の下の名だった。
誰もが驚き息をひそめる中、転校生の薄い肩がぴくりと跳ねた。ゆっくりと顔を上げる転校生。その瞳が真田をとらえると、そのままこぼれんばかりに大きく見開かれた。

「…げん、いちろー…?」

震える声で紡がれたのは真田の名。それを聞いた瞬間真田が力任せに転校生の胸倉を掴んで椅子から無理矢理引き上げた。クラス中の誰もが目を丸くする。

「ッ何故!何故なにも言わず姿を消した!!なぜなにも相談せず転校など…!!何故だ!!?」

真田の怒号が、静まり返った教室に響く。その横顔はどこまでも悲痛で見たことも無いほど険しかった。
何も答えない転校生に何故だと繰り返し叫ぶ真田。ようやく俺の時間が帰って来て慌てて真田の肩に手を置いた。

「真田、事情は知らんが、とりあえず落ち着きんしゃい」

俺の声が届いたのか、酷く緩慢な動作でようやく真田は転校生の胸倉から手を放す。
乱れたセーラー服の隙間から覗く肌は、やはりどこまでも白かった。

「…ごめん、弦一郎。…今度はちゃんと、話すから」

転校生はそれだけ言うと制服を整え、席に着いた。真田も低く、わかったとだけ呟き踵を返す。去り際に俺にだけ聞こえるような小さな声で悪かったなと呟いて真田は静かに教室を出て行った。
残されたのは異様な雰囲気に包まれた教室。転校生は椅子に座って俯いたまま。
髪の毛の隙間から覗く細いうなじの白に、目の奥が焦げついた。



20120101