「オヤジ、次の島はオリーブが名産らしいよ。あとちょっと変わったリキュールも特産品なんだって」

深夜、また晩酌をしているオヤジの元を訪ねて、2日後に上陸予定の島について手持ちの蟲を飛ばして得た情報を伝える。蟲は感情がないから偵察にはもってこいだ。見て来たものをありのままに語る。選り好みをしない。だからその島のすべてがわかる。

「リキュールか…ちぃと気になるな」
「鼻が効く蟲でも飛ばしてどこの店が一番よさそうか調べようか?」

酒好きのオヤジだから、島の偵察をするときには必ず酒の情報を取り入れるようにしている。白ひげの名を纏う島以外はなかなか島に上陸できないオヤジには、その島特産の酒を飲んでもらって、船を下りられない分、酒でその島のにおいを味わって欲しいから。島の情勢とか治安とかその他のことはマルコに言えばいいし。もしもっとお役に立てるなら頑張っちゃうよ?という心構えでオヤジに申し出たのに、その願いはいや、と却下されてしまった。

「サッチにでも言って一番上等な奴を安く入手させらァ」

オヤジの口から出たサッチという名前に、思わず条件反射で眉間に皺が寄る。慌てて普通の顔に戻したけど、オヤジにはバレバレだったらしく、くっくっと喉の奥底で低く笑われてしまった。

「グラグラグラ…おめェは本当にサッチが苦手なんだなァ。ん?」

いつも通り、大きな人差し指と中指でぐりぐりと頭を撫でてくれるオヤジ。何も言わなくても、オヤジにはお見通しだ。その証拠に今、オヤジは名前がサッチのことを嫌いなんじゃなく苦手だと言った。きっとマルコ辺りから普段名前がサッチにとっている態度について報告を受けているはずなのに、それでもオヤジは名前がサッチのことを嫌っているとは言わなかった。それが、嬉しい。まるで本当の父親のようだと思う。

「…だって、あのひと訳わかんない」

オヤジに撫でられながら本音を口にする。たしかにサッチは亡き兄と重なって見えるから苦手だ。でもそれを抜きにしたって普通あれだけわかりやすく邪険に扱われているのにそれでも構ってくる意味がわからない。昨日だってしつこく勧められたカップケーキを断ったときの嫌悪感丸出しの顔を喜ばれた。いくら愛想笑いだとしても拒絶を全面に出したような顔されるよりはマシだと思うのに、本当に訳がわからない。

「…アイツはイイ意味でも悪ィ意味でも自分の感情に素直だからなァ」

ぐりぐりと名前の頭を優しく撫でながら、眠りに就く前の我が子に子守唄をきかせるかのような声音でオヤジは呟く。その響きが心地よく、思わず目をつむって擦り寄るようにオヤジの指に頭を押しつけてしまう。それをオヤジはまたグラグラと笑って、だが、と声を落とす。

「…お前ェだって海賊なンだ。テメェが生きたいように生きやがれ」

グラグラグラと豪快に笑って片手に持った大杯をぐいっと呷るオヤジ。

「それにサッチの野郎はそれくらいされねェと、いろんなことに気づけねェとんだアホンダラだからなァ」

最後に少し強めに名前の頭を撫でたオヤジは、慈愛と優しさに満ちたひどく穏やかな瞳で名前を見つめ、にやりと髭で隠れた口角をぐいっと持ち上げた。

「この機にオメェがサッチにキツーく灸据えてやれや」

是非ともその役目は遠慮したかったけど、オヤジがグラグラと楽しそうに笑うもんだから、まあいっかと苦笑混じりに微笑んで応える。
やっぱりオヤジにはなんでもかんでもお見通しなんだなぁと実感した満月の夜だった。



ココロ



9