耳障りな音に目をやると、そこには佇む名前と黒い塊があった。

沈みかけている船の上で、名前は黒い塊をただただ見ているだけで周りの景色なんて見えていないようだった。


「何回見ても名前の能力だけはエグいよな‥」

「エグいって言うか‥気持ちが悪ィ」


同じように船の上から名前の方を見ていた7番隊のクルー数名が呟く。

どうも名前の能力は見た目的には敵味方関係なく敬遠される能力らしい。
本人も自覚はあるらしいが、然程きにしてはいないようだ。


「名前は俺を助けてくれたんだ、なんかうちの部下に文句でもあンのか?」


ただ、聞いてる方としては気分は良くない。
名前は耳が良いから、多分聞こえていた筈だ。
それなのにピクリとも動かずに動かなくなった黒い塊を静かに見つめているだけで、沈んでいく船を気にも止めない。


「名前、そろそろ戻って来ねェと沈んじまうぞ」

「んー、解ってる」


沈んでいく船を少しだけ確認した名前は黒い塊に足を乗せて、そのまま踏みつけるように体重を乗せる。
少しだけ形は歪んだが、黒い塊は名前の身体を持ち上げるようにして羽音を強めた。

遠くから聞いているとどこの巨大な昆虫の羽音だと思うが、一匹一匹は小さい蟲だ。
塵も積もればとは良く言ったもので、名前の能力程それに近いものはない。

蟲が行動できる場所までなら何処までも追跡出来るし、流石に海の中では何も出来ないだろうが、寒さに強い蟲、暑さに強い蟲。体内で飼い分けている蟲と、外飼いしてる蟲。
野生の蟲まで幅広く手懐けてしまうから名前は末恐ろしい。


「ボーッとしてて死角から狙われてんじゃないわよ、イゾウ」

「あ?名前が暇そうにしてたから譲ってやったんだろ?感謝しろよ?」

「はいはい、そりゃありがとうございました」


黒い塊からモビーにひょいっと飛び移った名前は黒い塊に手を伸ばす。
羽を震わせる蟲は名前の袖口に吸い込まれるようにして消えていった。

蟲が何処から出入りしているのかは、イゾウも見たことはないから知らないし、名前も言いたくないらしい。
以前興味本意で聞いたら変態扱いされたので、それからは聞かないようにしている。


「名前」

「んー‥?」


退屈の欠伸か、それとも疲れからの欠伸かよくわからない欠伸を噛み殺した名前は、取り込んだ蟲を飲み込む様に軽く跳ねてイゾウを振り返る。


「気にすんなよ」

「あー…、さっきの?」

「あァ」


やっぱり聞こえてたのか、と短いため息と一緒に返すと、名前は笑って首を傾げた。


「私、あんな反応が一番落ち着くんだよね」


そう言った名前はどこか遠いところを見て、また自嘲でもするように笑った。


その瞳の奥にあるものを俺は知らない


1