「名前とサッチって、いつから付き合ってんの?」

とある昼下がり。敵襲もないし、グランドライン特有の時化もないし、割と穏やかなひとときを過ごしていた食堂にて。我らが二番隊エース隊長が、禁断の台詞を口にした。
ぴしりと音を立てて固まった食堂内の空気を読むこともなく、隊長はもぐもぐと口を動かす名前が口に入ったものを飲み込むまで瞳をキラキラさせて待っている。誰か今のうちにエース隊長さらってこい!名前が口ン中のもん飲み込む前に早く!と視線だけで緊急会議を開いている俺たちの会話も虚しく、ごっくんと今しがた食べていたシーフードグラタンを飲み込んだ名前が、クルリと横を向き、厨房の方へ声を投げ掛けた。

「サッチー。わたしらっていつから付き合ってんのー?」
「あ?何言ってんだ?」

厨房の正面に位置するカウンターからひょいっと顔を出したサッチ隊長が、名前の言葉に器用に片眉だけあげて応える。
ああああ…!ちょ、タンマ!サッチ隊長そのまま!どうかそのままスルーしてください…!俺らの必死の心の中の叫びはサッチ隊長に届くことはなかったらしい。後片付けをしていたんだろう、腰エプロンをつけたままタオルで手を拭きながらこちらにやって来るサッチ隊長に、周りのクルーたちの顔が一気に青ざめる。手遅れだったか…とうなだれる俺たちに気づかぬまま、エース隊長は訳がわからないと言った様子で目を白黒させていた。

「…え?え?あれ?名前とサッチって付き合ってんじゃねぇの?」
「誰だよ、ンなデマ流してんの」
「え、いや、だって……あれ?」

怪訝そうに眉を顰めるサッチ隊長にエース隊長はどんどんしどろもどろになっていく。隊長!大丈夫です!ここにいる誰もが同じ気持ちっス…!そうだよなそうだよな!俺ら長いことモビーにいっからこれが当たり前になってて感覚麻痺してたけどやっぱ思うよな!誰しもそう感じるよな!俺たち間違ってなかった!と視線だけで頷き合う俺らに気づきもしないエース隊長はやっぱり訳がわからないと混乱しているし、サッチ隊長も怪訝に眉を寄せたまま。ただ名前は目の前の話題から興味が失せたのか、またもきゅもきゅとシーフードグラタンを口一杯に頬張っている。

「名前、またついてんぞ」
「ん」

名前の口端についたクリームソースを人差し指で拭ってやりながら、指先についたソースをそのまま舐めとるサッチ隊長。その一連のやり取りを見ていたエース隊長がまた口を開く。

「…え?本当に付き合ってねェの?」
「だから付き合ってねェっつの」

しつけぇな、と眉を潜めるサッチ隊長に、誰か!誰か隊長を救出してあげて!と俺たち二番隊隊員は祈るばかり。俺たちが行ったところで隊長を救うどころか巻き込まれて事態を悪化させることは必須。
もっとサッチ隊長に太刀打ちできてしかも対等の立場にある御人!そう!例えばマルコ隊長とか!
そんな俺たちの祈りが今度こそ届いたのか、颯爽と救世主が現れた。

「エース、ちょっとこっち来いよい」

いつの間に食堂に入って来たのか、マルコ隊長がエース隊長の首根っこをつかんでそのままサッチ隊長の前からかっ攫っていく。
ありがとうマルコ隊長!アンタは救世主だ!マルコ隊長万歳!と声のない賛美を脳内で讃える俺らは、エース隊長のピンチを救ってくれたマルコ隊長に、今度何かお礼をしようとまた視線だけで相談を始めた。
一方、食堂の端に連れていかれたエース隊長は未だ混乱しているらしく、首根っこを掴まれてもされるがままで大人しくしている。

「エース…言わなかった俺たちにも非ァあるが、あれは禁句だよい」
「…え、だって俺、てっきり付き合ってるもんだと…」

エース隊長がそう思うのも無理はない。サッチ隊長の名前に対する扱いはまさしく恋人の…いやそれ以上かもしんない。
さっきの口端拭うのなんてまだまだ可愛いレベルだ。甲板にいるときなんてよく名前を膝の上に乗せたまんま釣りしてるし、名前が海に落ちればどこにいようが見聞色の覇気で察知して真っ先に飛び込むし、陸に上がれば名前とサッチ隊長は常に一緒で宿も一緒。宴で酔い潰れた名前を部屋に運ぶのもサッチ隊長で、名前が不寝番のときは必ずサッチ隊長も不寝番。あげればキリがないが、とりあえず名前に対するサッチ隊長の接し方は特別扱いの枠をぶち壊してもはや溺愛レベル。
家族の誰もが名前とサッチ隊長は付き合ってるのだと信じて疑わなかった。のに。

「…アイツら、あれで無自覚なんだよい」

はぁ、とため息を吐きながらそう告げたマルコ隊長に、俺たちも忘れもしないあの夜のことを思い出す。

『あ?付き合ってる?俺と名前が?なんの冗談だ?そりゃァ』

宴の席で酔い潰れた名前を部屋に運んで帰って来たサッチ隊長を、ラクヨウ隊長やフォッサ隊長が茶化したときだった。おかしそうに笑いながらそう告げたサッチ隊長に、一瞬誰もが唖然とした。その後水くせぇなバレバレなんだから隠さなくてもいいじゃねェかと笑いだしたラクヨウ隊長に、至って真面目な顔をしたサッチ隊長が『いや、だから付き合ってねぇし。そもそもそういう感情ねぇし』と答え、今度こそ空気が凍った。飲んでいた酒の味が全然わかんなくなるくらいには衝撃的だった。
あんなにも、あんなにもわかりやすく態度に出てんのに、なんで張本人が気づかねえんだ!?と誰もが突っ込みたかった。けど誰もがそのまま口を噤んだ。
見るからにサッチ隊長が不機嫌になっていたからだ。少しばかり気温が下がったんじゃないかと錯覚するほど冷たい空気の中、ラクヨウ隊長とフォッサ隊長だけは酒の助けも相まってか爆笑しながらサッチ隊長をニブチンだの鈍感だのからかい始め、周りに座っていた俺たちは正直生きた心地がしなかった。
翌日からラクヨウ隊長とフォッサ隊長の飯だけが三食×七日間全部ワノ国の伝統的文化食らしい日の丸弁当とやらになったのは言うまでもない。
その日を境に、サッチ隊長と名前の関係は禁句という家族内での暗黙の了解が確立された。サッチ隊長か名前のどちらかが自覚するまではそっとしておこう見守っていこうというか下手につついてサッチ隊長のお怒りを買わないようにしようと見て見ぬフリをしていたわけだが、慣れというのは怖いもので、あれから2年の月日が経過し、サッチ隊長と名前の関係はなにも変わっていないのに、見慣れすぎてもはや何も感じなくなっていた。
だけど最近家族の仲間入りしたエース隊長からすれば拗ねてた期間も含めてずっと気になってたんだろう。ああ、なんて新鮮なんだ。

「は!?嘘だろ?!あれで無自覚なのかよ?!」

そう言ってエース隊長が指差す先には名前の隣に座ってデザートのかぼちゃプリンをはむはむ一心に食べる名前を愛おしそうに見つめるサッチ隊長の姿。

「あれで、だよい」

はあ、とため息を吐きながら吐き出すように紡がれたマルコ隊長のその心境に、心底共感する。お疲れ様ですマルコ隊長。俺これからはもっと早く書類提出します。でも俺が早く提出したところでどのみちエース隊長のとこでストップして結局期限ギリギリもしくはギリギリオーバーでマルコ隊長のところに届くんだろうな。

「・・・さっさと付き合っちまえばいいのに」

そうぽつりと呟いた隊長に俺ら全員の視線が向く。

「それができたら苦労しねんだよい」

長男らしく家族を代表して答えてくれたマルコ隊長に、みんなで大きく頷いて同意を示す。
俺たちの気持ちなんていざ知らず、相変わらずサッチ隊長はその双眸を崩して愛しそうに名前を見つめ、名前は満足そうに満腹になったのであろう腹をなでている。
…まぁ、なんだかんだ言ったって俺たちも、サッチ隊長と名前がしあわせならなんでもいいやという答えに行き着くわけだから、相当家族バカなんだろうよ。


砂糖とミルクはご自由にどうぞ



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