「和むねい…」

そんなマルコの呟きに反応し、その視線の先にある光景を確認してあァ、と納得した。最近家族の仲間入りした末弟が末妹にじゃれついている。どうやらうちの末っ子はモビー唯一の妹にご執心らしい。最初は戸惑って逃げ回っていた妹も、ようやく心を開きつつあるのかじゃれつくエースにされるがままになっている。

俺ァ親父が家族と決めたなら別に文句はねェし、警戒するにしても端からそんな悪感情は抱いてなかったんだがな。ただ得体が知れねェって意味では例え家族だとしても気は張っていた。仮にも親父から16番隊任せられてる身だしな。サッチが拾って来た女だったから、サッチと親父辺りは事情知ってんだろうがそれが俺らに伝えられないままだってことは俺らに伝える必要がないってことだろ。まんま。
ただやはりどこかしら溝があったのは事実だ。何よりアイツは一度も口を開こうとしなかったしな。いつアイツが家族に馴染んだのか、煙管から紫煙をくゆらせ考えてみる。
…あァ、思い出した。ありゃ名前がモビーに乗って半年頃だったか。物資調達のため島の海岸に停泊中に山賊の襲撃を受けたときだ。山賊自体はそこまで骨のある奴じゃあなかったンだが、如何せん数が多く、隊のほとんどが出払っていたもんであっさりモビーに侵入されちまった。島に出払った奴らが戻って来るまで甲板で敵を食い止めなきゃならねェ。その焦りで俺としたことが隙が生まれちまった。山賊の鉈が振り下ろされ目の前に鈍く光る刃が迫る。愛銃で押し止めようとしたが紙一重で間に合わねェ。血と肉を裂かれる衝撃に耐えるためキツく目を閉じたときだった。

「゛盾゛」

聞き覚えのない凛とした高い声が響き、何もない空中で鉈が弾き返された。訳もわからず咄嗟に引き金を引き、同じように驚愕した表情を浮かべていた男を床に沈め、混戦する甲板の中心で俺は声の行方を視線で追い掛けた。

「゛浮゛」

またも凛とした声が響き渡った。がばりと仰ぎ見た先、見張り台の縁に佇む、ひとりの女の姿。それが誰かを認識し、誰もが目を見開いた瞬間。野郎の野太い叫び声が上がった。辺りを見回せば信じられねェことに山賊たちが宙に浮いていやがった。

「なっ…!?」
「゛奪゛」

みな一様に目を見開き言葉を失う中、見上げるほどの高さにまで浮いた山賊の手から武器がこぼれ落ちた。誰もが常軌を逸した光景にあんぐりと口を開き、武器をふるうことすらできねェ。ただわかるのは、この面妖な光景は見張り台の上に立つ名前によって引き起こされているということだけ。

「゛集゛」

なおも声は音を紡ぐ。不思議な音色の声を。訳がわからず、ただされるがままに浮いている山賊がまるで磁石同士が引き合うように宙でひと塊にされていく。為す術なく抵抗らしい抵抗もできぬことに悔しげに顔を歪めた山賊どもが、憎しみをたっぷり込めた暴言を吐き捨てはじめた。その内容に思わず顔を顰めたとき、またあの不思議な音色の声が空から降り注ぐ。

「゛縛゛」

どこからともなく現れた縄がしゅるしゅるとまるで意志を持っているかのように山賊どもをひとりひとり簀巻きにしていく。ご丁寧に猿轡まではめながら。
全員が身動きひとつできず、言葉を紡ぐことすらできなくなったのを確認してから、まるで操り糸が切れた人形のように甲板上に固まっていた山賊どもが硬い木製の甲板の上に落下し鈍い音が響く。
名前はその一部始終を見届けてから音もなく見張り台の上から飛び降り、船内に向かおうと踵を返した。慌ててその腕を掴み、こちらを向かせる。

「今のは名前がやったのか?」

思ったより低い声が己の口から吐き出され、自分自身で驚いた。意図せず責めるような口調になったことを詫びようとしたのが先か、名前の何の色も灯していない瞳がふっと閉じられ膝からくず折れるのが先か。慌ててその華奢な体を受け止め抱えた。

「イゾウ!怪我はねぇか!」

いつの間に帰って来たのか、息を切らせたサッチの問いかけに顔を上げる。見回せば先まで島に出払っていた各隊長や船員が戻って来ていた。

「イゾウ…?って、名前!?」

呆然とする俺を不思議に思ったのか、訝しげにこちらを窺うサッチが俺の腕の中におさまる女の姿を確認し、声を荒げた。

「ッなにがあった!怪我したのか!?」
「いや…恐らく無傷だろうが…突然倒れたのさ」
「倒れ…まさか、力を使ったのか?!」

俺の腕からふんだくるように名前を奪い心配そうに呼び掛けるサッチ。

「…能力者、だったのかぃ」
「説明はあとだ。アリアのとこに連れてく。後は頼んだぞ」
「あァ、任された」

険しい顔のままナース長のもとに向かうサッチにひらひらと手を振って応える。何故今まで黙ってたのか、何故今まで戦わなかったのか、疑問がないわけじゃない。だが疑うような野暮な真似をするほど青くない。なんにせよ助けてもらったンに違いはない。

「礼をしなくちゃなんねェな」

だから早く目を覚ましてくれと願う。無理強いはしないが、あの凛とした涼やかな声で早く兄と呼んでもらいたいものだ。

「随分機嫌がよさそうだねい」

ちぃとばかし思い出に浸りすぎたらしい。面白いものを見つけたと言わんばかりにニヤけているマルコを見て初めて自分がどんな顔をしていたか気付き、口端が歪んだ。

「いや?…ただ、やっぱ家族はいいもんだってなァ」
「あぁ、本当にそうだねい…」

じゃれつくエースと戸惑いながらもエースに応える名前。それに加わるハルタといつでも名前のSOSに気付けるようにと少し離れたところから見守るサッチ。ここ最近日常になりつつある穏やかな光景に口角を上げたまま煙管を咥える。

「今日は美味い酒が飲めそうだ」
「そりゃあいい。俺もご一緒させてもらおうかねい」

思い出話に華を咲かせ、懐かしい記憶を肴に月見酒と洒落込むのも、気儘な海賊の醍醐味なんでなァ。


夜にひとり泣いたりするの



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