雪が、降っていた。しとやかに。静やかに。手を伸ばしてジャンプすれば届いてしまいそうなほど近いところに浮かぶ雪雲。手に持つ紙を悪戯に揺らしながら、窓の外をはらはらと舞う雪をぼんやり眺めていた。
「苗字」
隣に寄り添うように立った見慣れた横顔を横目でそっと見上げる。わたしよりも大分高い位置にある瞳はまっすぐ窓の外を見つめていた。
「中原が呼んでたぞ」
「あぁ、うん。さっき会ったよ」
これのこと、と指で挟んだそれをひらりと揺らせば、チラリとそれを確認した山内くんはまた黙って窓の外を見つめた。
沈黙がふたりを包む。はらはらと雪が舞う。窓の外に広がる景色は昨日から降り続ける純白に覆われ、すっかり雪化粧を纏っていた。
「…外部、受けるんだってな」
「…ゆっこから聞いたの?」
「いや、中原」
「…原センも口が軽いなァ」
ぽつぽつと静かな廊下にお互いの声が響く。冷え冷えとした空気が廊下に沈殿し、ふるりと寒さに身が震えた。
「…もう、決めたのか」
まっすぐ窓の向こうを見つめたまま、山内くんがぽつりと呟くように空気を震わせた。
深く、息を吸って吐く。目の前のガラスがうっすらと白く曇った。
「…このまま附属に進んでも、意味がないから。だから外部で、一から頑張りたいの」
そう言葉にしたのは初めてだった。山内くんは何も言わない。ひらり、指に挟んだ紙が揺れる。
「嘘つき」
ぽつりと落とされた声は隣に立つ彼のものじゃない。睫毛を震わせて声のした方を向く。廊下の曲がり角に、俯く仁王が立っていた。
「名前ちゃんの嘘つき」
「ずっと一緒にいるって」
「約束したんに」
「嘘つき」
「名前ちゃんの嘘つき」
俯いた仁王の表情はわからない。ただその声音は、どこまでも無垢なままわたしを責め立てる。
窓枠から指を放し、仁王に向き合う。前髪に隠れて見えないその瞳を見据えて口を開く。
「…におはさ、」
「いつも、一番大事なことは言ってくれないんだね」
わたしが告げた言葉に、仁王はばっと顔を上げ、泣きそうに顔を歪めて走り去った。
再び訪れた静寂。かすかな呼吸音さえも雪が全て奪ってしまう。
「…ねぇ山内くん」
「わたしに山内くんはもったいないよ」
「山内くんならきっともっと素敵なひとが」
「苗字」
つらつらと言葉を紡ぐわたしを止めたのは、他でもない山内くんの悲痛な声だった。眉を寄せ、今にも泣きそうな顔をした山内くんが懇願するようにわたしに腕を伸ばす。
「ごめん、」
「ごめん、山内くん」
「こんなずるいやり方しかできなくて」
「…ごめん」
山内くんの腕が宙を切る。目尻が熱くなるのを必死に堪えて、ごめんともう一度呟いた。
雪はまだ止まない。
Take me away.
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