俺が白ひげ海賊団の一員として、オヤジの家族になり白ひげのマークを背負う覚悟を決めてから半年が経った。白ひげでの生活も大分慣れ、大半のクルーたちとも打ち解けた。…ただひとりを除いては。
白ひげ海賊団はでかい。そりゃオヤジの船だし、世界一の男の家族なんだからそりゃ多くて当然なんだが、なにせ1600人近くいる家族全員の名前を覚えるのはほぼ不可能に近い。だが大体の顔ぶれは覚えたし、直接話したことはなくても声を聞いたことくらいはある奴等が大半を占める中。わりかし近くにいるのに話したことはおろか声すら聞いたことのないヤツがいる。名前という名の唯一の女性戦闘員。ナースたちとは違う、俺たちと共に肩を並べて戦う立場にあるその女は基本的にひとりでいる。表情を変えることなく黙々と作業をしている印象が強い。1番隊の奴等と一緒に甲板掃除をしていたから多分1番隊の所属なんだろう。その割りには1番隊隊長のマルコよりも4番隊隊長のサッチと一緒にいることの方が多いから不思議だ。しかも一緒にいるといっても特に何を話すでもなく、ときどきサッチが思い出したように名前に話し掛けてそれに名前が首を振って応える。もしかしてしゃべれないのかとも思ったがそうじゃないらしい。多分この船ん中じゃ一番歳も近いし、俺としては仲良くできたらいいと思ってんだけど、どうにもうまくいかない。見かけたときに話し掛けようとするも気づけばいなくなってるし、話し掛けるのに成功しても軽く首の上下左右運動だけで意志疎通を済まされ、口を開かなければ答えられないような質問をしようとすればうまい具合に気を逸らされて逃げられる。

「…俺、嫌われてんのかなァ…」

今日も今日とて逃げられ、食堂でコーヒーを飲みながら新聞を読んでいたマルコに泣きついた。テーブルに突っ伏す俺を、マルコは珍しそうに片眉を上げて見ていた。

「嫌われたって…一体誰にだよい」
「名前だよ。マルコんとこの隊なんだろ?」

名前の名を出した途端マルコがあー…と納得したような声を出す。ちらりとそちらを見やれば困ったように苦笑するマルコがいた。

「…大丈夫だ。アイツは無闇に人を嫌ったりするヤツじゃないからよい。今はちともどかしいだろうが、もうしばらく待ってやってくれよい」

ぽんぽんとマルコの手のひらが俺の頭を軽く叩く。優しい笑みを浮かべるマルコに気恥ずかしくなってふいと視線を逸らした。

「…ガキ扱いすんじゃねぇ、よ」
「そりゃ悪かったねい」

楽しそうに喉の奥を震わせるマルコに視線を戻せない。手のかかる弟がいたおかげでずっと兄気質だったのに、この船では末っ子だからかみんながみんなして弟扱いしやがるから慣れない。別に嫌でもなんでもないけどよ、気恥ずかしくて突っぱねちまう。それすら笑って受け止めてくれるこの家族から注がれる慣れない愛ってやつに胸がうずうずする。

「…なァ、名前って戦闘員なんだろ?俺アイツが戦ってるとこみたことねーんだけどモノは何使ってんの?」
「ああ、そういや言ってなかったねい。アイツは…」

話しかける話題になるかもしれないと尋ねた質問にマルコが口を開く。その声に被せるように大きく揺れる船内と響く轟音。敵襲ー!!!と見張り番の大声が響き渡り、一気に戦闘準備を整えたマルコに続くように甲板に出た。
立ち込める煙にすぐそばに迫った見慣れないジョリーロジャーを掲げる海賊船。チッと鋭く舌打ちをしたマルコが声を張り上げる。

「見張り番は何してたんだよいッ!」
「ス、スミマセ…ッ!」
「マルコ、恐らくやっこさんの船にゃ能力者がいるみたいだぜ?俺も甲板にいたが気付かなかった」

肩に銃を担いだイゾウの言葉にマルコは面倒そうにもう一度舌打ちをした。

「ッたく、面倒だよい」
「イイじゃねぇか。久方ぶりに暴れられんだ。血が疼くってもんだろ?」

そう言うイゾウの口角はにんまりと挑発的な弧を描いていて、俺も久しぶりの戦いのにおいに身体が疼く。マルコは同じような笑みを浮かべるクルーたちを一瞥し、大きくため息を吐いた。まあそんなことしたって口端に滲む笑みは隠せてねーんだけどな。

「1、3、4番隊は船首かためろい!2、6、12番隊は船尾に回れ!5番隊は砲台!16番隊は後方支援!あとは敵船乗り込むなりモビー死守するなり好きにしやがれい!!!」

マルコの飛ばした指示にクルーたちが野太い声で賛同する。まったく海賊ってのは血の気の多い奴が多くていけねぇな。ま、俺もそのひとりなんだがよ。ドォン…っと響いた大砲の音を合図に、テンガロンハットを深く被りなおし火を纏った。


敵船はここ最近戦った中じゃ一番骨のある奴等で、お互いの船の甲板でほぼ混戦状態。うちが優勢なことにはかわりないが、それなりの敵にクルーたちの瞳がギラギラしている。俺も俺で船尾を中心に暴れ回り、モビーをところどころ焦がして船大工に怒鳴られた。敵船の甲板じゃマルコが青い炎を纏って戦っていて、まあ向こうはすぐ落ちるだろう。
ふと船内に続く扉に姿を消した敵の姿をとらえ、戦慄した。さっきのマルコの指示の中には船内を守る隊の指示がなかった。船内に入ってすぐ辺りにはオヤジの部屋がある。オヤジがやられる訳はないが、病気だしナースを守りながら戦うとなれば万が一の事態もあり得る。すぐに体勢を整え船内に駆け込んだ。角を曲がってすぐ、敵の後ろ姿が見え迷わず火銃を構えるが敵の肩越しに華奢な女の姿が見え動きが止まる。

(…ッ名前!?)

その姿に目を見開き動き出すのが遅れた。男が剣を振り上げ名前に突っ込んでいく。慌てて火銃を繰り出そうとしたときだった。

「゛止゛」

聞いたことのない、凛とした声が瞬時に空間を支配し、文字通り、時間を止めた。男はその声に導かれたように剣を振り上げた姿勢のまま、ぴくりとも動かない。
スゥっと、男の肩越しに名前の腕がゆっくりと持ち上がったのが見えた。すぐ傍で戦闘が繰り広げられているとは思えないほどの静寂の中、名前の口がゆっくりと開かれる。

「゛打゛」

声と同時に、男の身体が前のめりに軋んだ。名前の手には何も握られていない。ただ、手を銃の形に象っているだけ。

「゛打゛、゙打゙゙打゙゙打゙…」

名前の口から言葉が紡がれる度に男の身体が徐々に後退していく。その様はまるで数々の銃弾をその身に受けている人間のようで。

「゙打゙゙打゙゙打゙゙打゙゙打゙゙打゙゙打゙」

名前の凛とした声が音を紡ぎ、男の体がぐらりと揺れる。

「゛打゛」

声が音として鼓膜に届いた瞬間、白目をむいた男の身体が床に倒れた。呆然とその様子を見ていた俺は名前を呼ぶ誰かの声でハッと我に返った。目の前には相変わらず白目をむいて倒れている男と、名前の元に駆け寄るサッチの姿。

「悪いな。怪我なかったか?」

サッチの問いかけにコクリと名前は頷く。

「あと少しだからよ、船内は頼んだぞ」

もう一度頷く名前の頭をサッチがぐしゃぐしゃとかき混ぜ、くるりと俺の方を見た。

「エース!なにこんなとこでサボってんだ!」
「さ、サボってねぇし!!」
「じゃあこっち来い!数が多くて面倒くせんだよ!」
「お、おう!」

ぽんぽんとサッチが名前の頭を軽く叩いてから踵を返す。俺も慌てて倒れた野郎を跨いでサッチの後を追い掛けた。
すれ違い様、サッチと同じように名前の頭を軽く撫でた。ぎこちないそれに、名前の目が大きく見開かれたのがわかった。

「オヤジとナース、頼んだぞ!」

笑顔でそう告げてサッチのすぐ後に着けば、サッチは片眉を吊り上げて驚いたように俺を見ていた。

「お前って名前とそんな仲良かったっけ?」
「うるせー!これからなるんだよッ!」
「あー、ね。はいはい」

そういってサッチはさっき名前にやったのと同じように俺の頭を片手でぐしゃりと混ぜた。


ぼくは目蓋をさがしている


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