転校生が真田に連れられて帰って行った次の日、廊下で転校生と真田が話していた。堅物の真田が女と穏やかな表情で話していることにも驚いたが、何よりも転校生の表情に目を見開いた。見たことも無い心の底から安心したような、信頼関係がなければできない表情。

(あんな顔…できるんじゃな…)

いつも教室で見ていた彼女の表情は、愛想笑いか心ここにあらずの笑みか酷く悲しげで儚げな顔ばかりだった。白い頬を紅潮させて口を開く彼女は、俺がこの3日間見て来た彼女とは別人のようだった。

「おはようさん」
「む、仁王か。おはよう」

真田に向かって口を開けば、転校生は俺の顔を見ることもなく、ただぺこりと軽く会釈してみせた。

「真田が女子と談笑なんて、珍しいこともあるんじゃな」
「む、そうか?」

俺の言葉に少し不思議そうに首を傾げる男は相変わらずの天然だ。転校生は居心地が悪そうに、少しずつ後退していく。

「のぉ、苗字サン」
「あ、ハイ」

突然名を呼んだ俺に驚いたのか、一瞬女は顔を上げて俺の瞳を見たが、すぐに視線を逸らした。

「真田のこと、好きなんか?」

にやりと、我ながら悪どい顔をしてる自覚はある。どんな反応を見せるのか、見ものだ。転校生の顔を嘲りながら覗いて、息がとまった。

「…そうですね、弦一郎は、わたしの大切なひとです」

酷く、幸せそうな、慈愛にも似た、儚げで切ない、見たことも無い表情。

(なん、じゃ…その顔)

知らない。自分はそんな顔知らない。その感情の名も、全て。
ぐつぐつと胃の奥が燃えるような感覚。何故だかわからないが、酷く泣きたくなった。



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