小説 | ナノ



その後 1




確かめあったなんて言うと格好がいいが、その実オレとリボーンの間にはそれ以上の進展などありはしなかった。

元々が足繁くこちらに顔を出す訳じゃない気まぐれなリボーンと、とにかく暇がないオレとではそれも致し方ないというものかもしれない。
だけど、ふとした瞬間に会いたいと思う気持ちが膨らむこともある。
仕事を渡した側の身では、やすやすと連絡をつけることなどできやしない。だからリボーンから連絡が欲しいなんてつい期待して夜を明かしたこともある。
だというのに、やはりというか当然というかリボーンからの連絡などありはしなかった。
一人が寂しいなんて思ってもいなかった。今までは早く一人になりたいと思っていたのにと思うと恥ずかしい。
オレを取り囲む様々な事柄がひどくゆっくり進んでいるような気がして、取り残されているのか、それとも進みすぎてしまったのかオレだけが違う時間にいるような気がした。





重いノックを響かせて獄寺くんが書類を抱えて執務室へと入ってくる。その後ろからはメイドがワゴンを引いてしずしずと現れた。
何事かと目を丸くしているとメイドが銀製のポッドと見覚えのある茶器を取り出してサーブを始めた。懐かしい香りが執務室に優しく広がる。知らずほうっと息を漏らせば獄寺くんが笑顔でソファに促してきた。
「先日、日本に渡る用事がありましてついでにお母さまにお会いしてきたところ、これを10代目にと…」
「母さんが、」
まだ日本にいた頃、家で使っていた急須と湯飲みがそこにあった。
驚きに睫毛を瞬かせながら懐かしいそれに引き寄せられるようにソファに座ると、横に立っていた獄寺くんが自ら急須を握って日本茶を注いでくれる。
抱えるように湯飲みを手に取ると、じわりと手の平に温かさが伝わってきた。
日本茶を淹れるには少々温度が高すぎたせいで必死にお茶を冷まそうと息を吹きかけていれば、獄寺くんがワゴンから今度は四角い箱を手にしてオレに差し出した。
「10代目がお好きだと聞いたので…よければご一緒に」
「うわっ!懐かしいな!ありがとう、食べたかったんだこの大福」
何でも作れる母さんが唯一買ってきていた大福は、子供のころにはそこそこだと思っていたのに、大人になった今では何故か食べたくて仕方ないものの一つだった。
お茶を片手にさっそく頬張るとそれを見た獄寺くんが破顔する。その顔に照れ笑いを返せば顔を赤らめて鼻の下を指で擦る。子供のころから変わらない仕草に獄寺くんも照れていることが分かって笑い合った。
「そういえば、日本に行く用事なんてあったかな?」
香港マフィアが騒がしいせいで、探りと鎮圧をとアジア圏に送り出したが日本での仕事はなかった筈だ。私用ならもっと休みを取ってもよかったのにと言おうとして違うことに気付く。本当にオレに嘘が吐けない右腕だった。
「えーと、ちょっと日本に野暮用がありまして…」
視線を彷徨わせる様子に苦笑いが零れて、だけどそれは嫌な感情じゃない。
きっとここしばらく塞ぎこんでいたオレを心配してのことだろう。その心遣いが嬉しかった。
ずずずっー!と音を立ててお茶を啜る。母さんがいればお行儀が悪いわよと言われるが、構うことなく飲み切ると獄寺くんに差し出した。
「もっと注いでくれる?」
「はいっ!」
大柄な人が多いイタリアでも遜色なく育った獄寺くんの手元にある急須は随分小さく見える。それを慣れない手付きで湯飲みに必死で注ぐ獄寺くんは何だが可愛い。
気が付けばメイドはいなっくて、だから獄寺くんがサーブしてくれるのかと納得する。和むなと思いながら、また大福を頬張るために口を開けたところにノックもなく執務室の扉が開いた。
「ひほーん?!」
「誰だ、それは」
ブラックスーツにイエローのYシャツを嫌味なく着こなすイタリア男が、帽子の下の眉を跳ねさせながら近付いてきた。このサイズにいまだ違和感はあるもののリボーンに間違いないことは早鐘を打つような心音が教えてくれている。
実に2ヶ月ぶりの再会にぼんやりと湯飲みを抱えたまま大福を咀嚼しきれずにいると、オレの口許とテーブルの上を見たリボーンがわずかに目を瞠って、だがすぐに何事もなかったようにニヤリと唇を歪ませた。
急いで飲み込んでから適当に口を手の甲で拭う。
「お、おかえり!」
「ああ、ただいま」
リボーンを見て頭を下げた獄寺くんと、ただいまに何故か力が入ったリボーンの間にパチリと火花が散ったような気がした。そんな訳ないかとすぐに気を取り直すとリボーンに席を譲ろうとしてその手に掲げている箱に気が付いた。
「それ…」
テーブルの上にある箱と同じ色、形、大きさのそれに言葉尻が途切れてリボーンの顔を覗き込んだ。重なったことに驚くのも道理だ。並盛の小さな和菓子屋さんは海外発送などしてくれる筈もないのだから。
獄寺くんと重なったことより、オレを気に掛けてくれていたことが嬉しくて手を伸ばすと、その箱をテーブルに投げて別の袋を押し付けられた。
「ブッ!何すんだよ!」
思い切り鼻にぶつかってから腕に落ちてきた袋の中には日本でしか手に入らないスナック菓子が押し込められていた。
懐かしさもさることながらよくオレの好みを覚えていたものだ。
ニマリと笑いながら袋に手をかけていれば、リボーンはさっさとソファに座るとオレの飲みかけのお茶に口をつけていた。飲み切られてたまるかと慌てて横に座る。
するとリボーンはオレの行動を見越していたのか、湯飲みを置くとゴロンと膝の上に転がってきた。
「ちょ、」
この状況を獄寺くんになんと説明しようかと声を詰らせていれば、リボーンはどこ吹く風で話を切り出した。
「ママンに会いに行って来たんだぞ」
この顔でママンと言われて笑いが込み上げたが、バレないようにそれを噛み殺すと膝の上のリボーンの顔を覗き込んだ。
「…なんで?」
何かあったのかと訊ねるとつらっとした顔で言われた。
「オレがこの姿に戻ったことと、お前を貰うための報告だぞ」
「へぇ…ええぇぇえ?!」
あり得ない言葉に最後は絶叫になった。
パクついていたスナック菓子を噴出しての悲鳴に、眉を寄せてスナック菓子のカスを払ったリボーンはオレの後ろに控えている獄寺くんへと視線を向けながらオレの膝の上から起き上がった。
「丁度行き違いになったらしいな、獄寺」
「…そうっスか」
どうにも気のせいではないリボーンと獄寺くんの冷えたやり取りにオロオロと視線を彷徨わせる。
「10代目がお決めになったことならオレは何も言いません。だけどオレはずっとお傍にいます!」
「う、うん」
意味は分からないながらも、そう返事をするとリボーンの手が伸びてオレの頭を抱え込んだ。
「バカなにす、」
思いの外強い力に驚いてもがけば、リボーンの不機嫌そうな横顔が視界に入って抵抗する気もなくなる。オレがリボーンを気にしていたように、リボーンもオレを気にしてくれていて…だからこの表情はあれだと分かる。
妬かれるなんて思ってもみなかった。
見当違いだとリボーンに言いたかったけど、口に出したらきっとはぐらかされてしまう。
男同士のイチャつくところを見せつけられる獄寺くんには悪いなと心の中で詫びてからリボーンのネクタイに手を伸ばした。
「こっち、向けよ」
「ツナ…?」
獄寺くんの視線も、リボーンの驚いた声にも羞恥は掻き立てて顔が赤らむ。
それでも震える声でもう一度呟いた。
「こっち向いて。オレだけを見て欲しい」
どうにか言い切るとリボーンの手は頭から外れて、いきなり視界がぐらりと揺れた。肩の上に抱え上げられたのだと気付いたオレは不安定な体勢に慌ててリボーンの背中にしがみつく。
大人の男を担いでいるのにビクともしないリボーンは、オレを担いだままくるりと獄寺くんに振り返った。
「悪ぃな。大福よりも菓子よりもオレがいいんだとよ」
丁度リボーンの背中で顔が見れなかったが、見れないということは見られないということでもあるのでよかったのかもしれない。
半日だけ休みを貰うねと声を獄寺くんに掛けてリボーンに背負われていった。

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