小説 | ナノ



3.




前を弄られる度に下着の中がぬるついて気持ちが悪い筈なのに、それさえ感じる暇もなく息があがっていく。
逃げたいのか、このままリボーンを感じていたいのか分からずに迷っていると、喉から頤(おとがい)を彷徨っていた顔が鼻に噛み付いてきた。
「どうしてそんな顔をする?」
そんな顔とはどんな顔なのだろう。自覚のないまま視線を合わせると酷くイラついた表情を浮かべるリボーンの顔があった。そういえば昔からリボーンの表情が読めたのはオレだけだったなと思い出す。超直感の賜物なのかと思っていたが、同じく超直感を持つ9代目にもリボーンの表情は読みきれないのだと聞いて驚いた。
姿形が変わっても、リボーンである証拠を目の前にして抑えがたい衝動に駆られて手が伸びていく。触れた指先に感じる白い肌の暖かさに、リボーンが『存在している』ことを確かめて顔がふにゃりと崩れるとそれを見ていたリボーンもまた表情を歪めた。
「これだから大空は…やめだ。てめぇみてぇに誰にでも甘い顔を見せる奴のことなんざ知らねぇぞ」
言うと上から重みが消え去って、温かさも一緒に引いていった。そこにあった熱ごとなかったことにされホッとするより置いていかれたような気分になる。
上から腕を引かれソファから起こされるといつの間に抜きさっていたのかネクタイを放り投げられた。ありがとうと答える訳にもいかず沈黙が降りる。
黙ってこちらを見ていたリボーンの気配が前から消えたことに慌てて顔をあげると、すでに扉の前まで歩いていたリボーンの背中が見えて思わず立ち上がる。
なのに上手い言葉が出てこない。
「オレ、誰にでもじゃない…!」
どうにか声に出せたのはその一言だけで、しかも言った自分でも意味不明だった。このままリボーンと二度と会えなくなってしまいそうで、それをどうにかしたくて叫んだ言葉にリボーンは足を止めた。
「なら誰なんだ?」
「誰って…」
どう答えればリボーンが納得するのだろうか。お前だと言ってしまえば隠していたい気持ちまでバレてしまいそうで言葉が出ない。
どう誤魔化そうかと逡巡していると、止まっていたリボーンの歩みがまた再開された。
立ち上がってリボーンの背中に駆け寄る。もう一歩で部屋から出てしまうところで、どうにかジャケットの裾を掴むことに成功した。
「待っ、て!」
置いていかないで欲しいと、まるで幼い子供に戻ってしまったような心許なさにリボーンに縋れば、こちらを振りかえることもしないリボーンにまた訊ねられた。
「…誰だ?」
「あ、その…」
低い問い掛けにチャンスはもう一度だけなんだと知る。嘘も誤魔化しも効かない相手に追い詰められて、喉がカラカラに渇いていた。どうにか飲み込んだ唾の音を響かせながら、小さな声でどうにか呟いた。
「リボーンだけ、だよ…」
言ってしまってから恥ずかしさに顔が赤らむ。まるで告白みたいじゃないかと気が付いてリボーンのジャケットを掴んだまま顔を合わせられずにしゃがみ込んだ。
リボーンがどんな反応をするのか知るのが怖い。
ぎゅっと目を閉じて下を向いていれば、ジャケットを掴んでいた手を取られてびくりと身体が震えた。
「ツナ」
煩い鼓動に急かされるように呼び声にそろりと顔を上げると、ニヤリと笑うリボーンの顔が見えた。ご機嫌といっても差し支えないほどの笑みに逆に嫌な予感が強くなる。
腕を取られてリボーンの前に引っ張り出されたオレは、オレを見詰める視線を感じながらも見返すことが出来ずに俯いていた。
「それはどういう意味だ?」
分かっているのに重ねて訊ねるリボーンに腹を立てて、顔を赤くしたまま睨みつけて叫んだ。
「そのまんまだ、馬鹿!」
オレの気持ちを分かった上で遊ぶ気なのかと思っていれば、リボーンは噛み締めるように頷きながら笑みを深くしていく。リボーンらしくない行動にどこか悪いのかと心配になった。
「お前、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だぞ。安心しろ、きちんと最後まで面倒みてやる」
「なんのだよ」
やはりどこか悪いのだろうかと睨むことをやめて下から顔を覗き込むと、リボーンの手が背中に回りそのまま抱きかかえられて悲鳴を上げた。
「ひぃぃぃい!」
「そんなに大声を上げるほど嬉しいのか。可愛いじゃねぇか」
よしよしと背中を撫で擦られて嬉しさより怖気が立つ。リボーンがおかしい。病気かもしれない。突然元に戻った副作用だったらどうしようかと焦る頭で考えていれば、つっと顔を耳に寄せられて囁かれた。
「誰にでもじゃなく、オレにだけなんだろう?」
背中から腰へと下っていった手が含みを持たせた言葉と一緒にスラックスの上から2つの膨らみを撫でていく。撫でられる度にビクビクと身体が震えても嫌じゃないから逃げ出すことも出来ない。
顔を赤くしたままリボーンの肩を直立不動で見詰めていると、耳朶にかかっていたリボーンの息が首裏に移動してその熱さにゾクリと這い上がった何かに背中が揺れた。
「リボーン…」
今までの関係が崩れてしまうかもしれないという怖さと、欲しかったものが手に入るかもしれない高揚感とがない交ぜになり身動きが取れない。
それでも震える手でリボーンの背中に手を伸ばせば、それを待つようにリボーンもじっとしていてくれた。
手に触れたジャケットの生地の硬さと、それからその中にあるリボーンという存在とを感じてソロソロと息を吐き出す。手にしてもいいのだろうかという不安を抱えたまま腕に力を込めると、リボーンもオレの背中を抱き返してくれた。
「怖いか?」
「うん…怖い、自分よりも大事なものが増えることが怖い」
自分の腕に余るほど大切な人を作ることが正直怖い。リボーンなら大丈夫だと思いたいのに、それでも奪われるかもしれない恐怖は消えない。
自分の立場を自覚するにつけ、意図的に人を想うことを避けてきた。それは自己防衛だったのだろうと今なら分かる。
マフィアなんて人に後ろ指をさされる存在だ。ましてやオレはボスで、その内容は綺麗事ばかりじゃない。恨みも買っているし、妬まれていることも知っている。
大切な人が出来れば守りたいと思うのは当然なのに、立場がそれを許さないときもあるのだ。
オレを抱きかかえてくれる腕の広さに安堵しきれない影が落ちる。手放すことも出来ない癖に抱えていることも怖くて堪らない。
弱々しく吐き出した息ごと強く抱えられ震える手を離さずに身体を預けると、項にかかる息が熱を帯びてきて自分自身も熱くなっていく。
どちらからともなく重なった唇から言葉は消えて、互いを確かめるためだけにその身を投げ出した。










 
同刻、ボンゴレ救護室。

腹を掠めた弾丸と別の角度から撃たれた弾丸とに意識を失っていた獄寺がベッドの上で目を覚ます。
覚醒と同時に立ち上がろうとしたが、腹とコメカミに走る激痛にまたベッドの上に崩れ落ちた。
「オイオイ、ムリすんなよ」
どこかのんびりとした雰囲気の山本がそう声をかけると、その声に向かって獄寺はメンチを切る。
「煩え!こんなところで寝てられるか!」
「っつても、もう小僧はツナと一緒にいるぜ?」
山本の言葉にやりきれない気持ちのまま獄寺は腕に刺さっていた点滴を引き抜いた。
「っ!くそ!」
憤る獄寺にため息を吐いて山本は肩を竦めた。
「しょうがないだろ。本気の小僧に敵わねーことは分かってたしな」
「だが、オレは…いやオレたちはリボーンさんが『来る』ことを知っていながらこのザマだ!」
大声を出したせいで傷が疼いたのか顔を顰める獄寺に、やれやれとため息を吐いて山本はスチール製の椅子にその広い背を預けた。
「ツナには内緒にしているけど、骸も雲雀もやられたんだもんな…このままじゃ面目丸潰れってヤツか」
背中から抜き取った時雨金時を翳した山本の視線が鋭さを増す。それを見ていた獄寺もまた意を決したように瞳に力を込めて頷いた。
「死んでも守らねぇとな。10代目の大切なものを」
自分たちも含めたツナの周り、すべてを。
それが何よりツナの望むことだと獄寺は知っていた。







いつ執務室からプライベートルームに移動してきたのか記憶にないところを見ると、意識が飛んだ後にリボーンがオレを運んでくれたのだろう。
背中に回された腕と額にかかる寝息に身体の痛みも忘れて顔が緩んだ。
リボーンの腕から抜け出してその顔を眺める。窓から照らされる月明かりがリボーンの輪郭をはっきりと映し出していた。
綺麗だなと思いながら額にかかっていた前髪を梳く。規則的な寝息を確かめてからそっと顔を近付けた。
ここで生きていくと決めた時から自分は自分だけのものではないのだから。
けれどこの想いは決して嘘でもまやかしでもない証拠がある。近付けばドクンドクンと脈打つ心臓がそれを肯定していた。
いつからだったのかは自分にも分からないけれど、いつまでも続けばいいと思っている。
「   」
言えない言葉を唇に乗せて、それからゆっくりとリボーンの横に寝転がった。



                 終







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