小説 | ナノ



1.




オレの先生はヒットマンである。


しかも何の先生かといえば、イタリアンマフィアのボスを育てるための家庭教師としてオレの住んでいた日本に渡ってきた。
無茶・無謀・無鉄砲な要求ばかりを強いてきた最凶の赤ん坊だった。
そう、赤ん坊だったのだ…。






その日は見たくもなければ会いたくもない同業者だけの会合があり、嫌々出席した帰り道のことだった。
いつまで経っても乗りなれないでかいリムジンの後ろに押し込められて、左右を獄寺くんと山本に囲まれているとなんとも微妙な気持ちになる。
身長は中学時代と比べれば随分伸びたというのに、同じだけ彼らも伸びたせいで差は縮まることはなかった。そんなオレたちは、こうして同じ座席に座っていても座高差はほとんどない。
つい口の悪い先生の容赦ない一言を思い出し、自分で自分にとどめを刺してから気付いた。
そういえば、最近リボーンを見ていない。
オレをボンゴレのボスへと育てた先生と長らくご無沙汰だなと思い出していた矢先に乗っていた車がガクガクンと異常な振動を伝え、急ブレーキの後に停車をした。
「10代目はこのままで動かずにいて下さい。山本、てめぇ死ぬ気で10代目をお守りしやがれ!分かったか!」
「言われなくても分かってるって!」
オレを山本に任せると獄寺くんは後部座席から身を乗り出して前の運転手役の構成員に声を掛ける。しかし返事が返ってこない。
防弾ガラスが張り巡らされた車には運転席と後部座先の間にまで防弾ガラスで仕切りがされていて、後ろから前に指示を与える際にはジャンニーニが開発した盗聴不可能な周波数で繋いだ無線を使用していた。
だというのにまったく応答がないことに気付いた。
山本と獄寺くんは顔を見合わせてから即座に外部への連絡を取ってボンゴレ本部へと応援を頼む。
全然、まったく嬉しくもないのだが、マフィアのボスなんてことをやっているとこの手のことには慣れっこになる。
どこのマフィアがオレを狙っているのかなんて、数え切れなくて覚えてもいられない。心当たりなんかないんだけどなぁ、なんてぼやきながらも外へと視線を向けるとこの車の前後を守っていた車さえ黒い煙をあげて走行不能にさせられていた。
かなり腕のいいヒットマンを雇ったらしい。どこのマフィアだろうかと幾つかの古狸どもの顔を思い浮かべていれば、オレと山本の間を正確に射抜く銃声が横を掠める。
「すみません、10代目!警護の車にいる構成員がすべて意識を失っています。今意識があるのはオレたち3人だけのよ…」
突然途切れた声とドスンという地面に倒れこんだ音に狙われていることも忘れて思わず獄寺くんに駆け寄ろうと席を立とうと中腰になる。それを後ろから伸びた腕に押さえられた。
「山本っ!!」
「行かせらんねぇんだよ。ツナに何かあったらオレが叱られちまう」
そんなことなどどうでもいいと振り切って外に足を踏み出しかけて、ぞくりとした殺気に慌てて身体を反転させると、山本を突き飛ばしてその上に乗り上げた。
今度は山本だけを狙った銃弾がオレの髪を掠めて後部座席にめり込む。
「オレを狙ってるよな?」
「うん…」
どうして山本を?オレが目的ではないのか?いや、そんなことはありえない。
しかし、明らかにオレの周囲だけを狙った銃弾に先ほど思い出した名が浮かんできた。
「まさか、ね」
そう、まさかだ。
しかしこの殺気、この正確な射撃に何の前触れもなく次々と倒れていく構成員への銃弾は容赦がないのに殺してはいないやり方も、何もかもがひとつの名前を告げていた。
オレを押さえていた山本の腕を振り切って車の外へと飛び出すと、すでに装着していたグローブに炎を灯してわずかな殺気のありかを探る。
カツンという足音の反対側にある殺気につられ、神経がそちらを向いた矢先に背後から近付く気配に慌てて振り返ると、まるでその動きさえ分かっていたかのようにピタリと心臓に銃口が当てられていた。
「ダメツナが。オレが敵対するヒットマンなら今ごろおっ死んでるぞ」
「リボーン!」
久しぶりだなと視線を合わせるつもりで足元を見ても、あるのは綺麗になめされた皮で出来たオレよりも大きい靴と、それを繋ぐ黒いスラックスがあるだけ。
「リボーン?」
そもそも声も妙に低くて、しかもオレよりも高い位置からかかるそれに視線を上げれば見たこともない男が拳銃を押し当てたまま目の前に立っていた。
「ツナ!!」
オレに遅れた格好になった山本が男の背後から近付いてくる。
手にした時雨金時から青い炎が立ち上り、得体の知れない相手を警戒しながらもオレの顔を見て迷いが生じたことが分かった。
「知り合いなのか?」
「っていうか…」
刀をかざしたままこちらを覗き込む山本の視線を感じたが、目の前の気配と顔とを照らし合わせることに必死で上手い返事も出来ない。
トレードマークのボルサリーノから覗く口許が皮肉げに口角をあげて、突き付けられた拳銃がぐにゃりと変形し見覚えのあるカメレオンへと変貌を遂げるに至ってやっと確信が持てた。
「なんでこんなことするんだよ。それにどうして大きくなったんだ?」
「どうしてだ?ただ元に戻っただけだぞ」
「戻ったって…」
そもそも元のリボーンを知らなかったのだから、これが元の姿なのだといわれてもピンとこない。
身長はオレよりも頭一つ分ほど高く、山本と同じかそれより少し高いくらい。帽子から覗くすっと長い鼻も、白い肌も、弧を描く唇も何もかもが初めて見る姿だった。
なのに目の前の男がリボーンだと分かる。
「どうした?お前なら分かるだろう」
「まぁ、ね」
分かるからこそ違和感が強いともいえる。
しかし、これがすべてリボーンの仕業だと思えば納得できるというものだ。
獄寺くんが呼んだ本部からの増員と救護班がやっと辺りを取り囲み、オレの指示を窺っていた。
「色々と言いたいことはあるけど、お帰りリボーン」
いつものようにそう呟けば、黒尽くめの男は呆気に取られたように口を開けてからまたクツクツと笑い出した。
「ただいまだぞ、ツナ」
姿は変われど中身は変わらなかった家庭教師の抜き打ちテストの終了に、オレも苦笑いを浮かべてから山本とそれ以外の構成員たちとに指示を与えるべく顔を横に振ってから一歩前に踏み出した。











リボーンという存在は今も昔も変わりなく、そしてこれからも変わりないものだとばかり思っていた。
初めて出会ってから10年の時を経ても赤ん坊のままだったのだから、そう思ってしまったとしても仕方がない筈だった。
最強の赤ん坊。
凄腕のヒットマン。
それはどれも嫌というほど知っているのに、この姿をした男があのリボーンだとは容易く納得出来ずにいた。
いや、納得は無理矢理させられている。超直感によって。
感覚としてはこの男がリボーンだと分かっているのに、頭が認めてくれないといったところだった。
そんなオレを分かっているだろうリボーンは、何を言う訳でもなくいつもの執務室のソファにオレの膝を枕にしたまま寝転がっていた。
「…お前さ。なんでこっちにくんの?いつも一人掛けに座ってたじゃんか」
このソファというのが大変高価な代物で、どうにもそういったものに慣れないオレは一人掛けに座ることが出来ず、こうして3人掛けの片隅に身を縮めて座ることが一番落ち着くのだった。
そこに今日は何故かリボーンが頭を乗せてこれみよがしに長い足を放り出していた。
足の長さに思わず視線が釘付けになり、そんな馬鹿面を下から見上げていたリボーンがフンと鼻で笑う。
「見ての通りだぞ。足が長すぎて邪魔だからこっちを使っただけだ。邪魔ならお前がそっちに行け」
「…」
一度でいいから邪魔になるほど足が長くなってみたいものだ。
じゃなくて。
「それじゃ、退くから頭どかせよ」
「嫌だぞ。寝るには枕があった方が楽なんだ」
「オレ枕代わり!?」
仮にもボンゴレを束ねるボスなのに、リボーンにかかればオレの価値もここまで下がる。
急ぎの仕事もないからと、久しぶりに師弟だけで話しでもと思っていればこれだ。
このやり取りがリボーンだと思わずホッとすると、下から腕が伸びてきて頭を引き下げられた。
「な、なんだよ…」
思わずたじろいでしまったのは、予想以上にリボーンの顔が近くなっていたからだ。
それでも逃げ出すことは癪にさわるから目を逸らさずに睨みつける。
「何か言うことはねぇか?」
「…別に、」
何もないとうそぶきながらも視線が泳ぎそうになって慌てて引き戻した。逃げたら負けだと何故かそう感じたからだ。
赤ん坊姿の時でさえ妙な迫力があったというのに、この膝の上に転がる男はあてられてしまいそうなほどの色気まで感じて、そういったものに免疫のないオレはそれだけでドキマギしている自分が恥ずかしくなって心の中で自分を叱咤した。
「フン、この程度は免疫があるってことか。ま、てめぇの守護者どもはスキンシップが激しいしな」
「どうしてそこでそれ?」
意味が分からずに顔を覗き込むと、帽子を脇に置いたリボーンの顔が現れて黒い瞳が下からオレを見上げる。
赤ん坊の時は大きくてきらきらした綺麗な宝石みたいだと思っていたそれが、今では見返すことも出来ない。押し付けられた課題を消化出来ずにいたあの頃よりももっと座り心地が悪くて尻がもぞもぞするような感じだ。
不思議な感覚に支配されながらも、黙ってリボーンと見詰め合っていると今度は腿を一撫でされて思わず声が漏れる。
「ひぃ…っ!」
スラックス越しに筋肉の流れを確かめたのか、それにしては大きな手が肌をなぞるように動いているようにも思えたが気にしすぎだろう。
気持ち悪い声を上げてしまったことにバツが悪くなってへらりと曖昧な笑みを浮かべると、それを見たリボーンがにんまりと笑みを浮かべた。
「しばらく顔を覗きに行けなかったからどうかと思ってたが、きちんと鍛錬は怠ってなかったようだな。筋肉のハリも反応も悪くねぇぞ」
「そうかな」
やはりそういう意味だよなと少し安心しかけて顔を上げようとしても、後頭部に回ったリボーンの手は離れていかない。
「…まだ何かあるのかよ」
今逃げなきゃ後がないような気がして汗が滲む。見覚えのない顔から浮かぶ、見覚えのある表情を見つけて裸足で逃げ出したくなった。この笑顔のときには碌なことがない。
けれども先生から逃げられる筈は、勿論なかった。
「オレが姿を消していた間に面白い噂を聞いたんだぞ。聞きたいか?」
「……いい、知ってる」
曰く、守護者を身体で誑し込んでいるボンゴレ10代目。
穏健派だ、日和見主義だといった弱腰を非難する風評よりもなお酷い噂話に、オレも腹を立ててはいたがそれを覆すのは
これからのオレ次第だと顔をあげて今日の会合にも臨んだ。たぬきジジイどもとの化かしあいと、侮蔑とも羨望ともつかない視線にも堪えて帰ってくればよもやこうくるとは思いも寄らなかったが。
歴代の守護者の中でも過保護具合でいえば1.2を争う右腕の獄寺くんや、スキンシップの激しい山本。子供の頃からの甘ったれが直らないランボに、何故かいざという時には現れる骸など言われても仕方のないところもなくはない。
それもこれもオレを心配してくれるが故なのだからやめて欲しいとも言えないし、多分言っても誰もやめてはくれないのだから言うだけムダだ。
逃げようと思うよりもリボーンにまで言われたことが腹立たしくて口をへの字の曲げていれば、膝の上の顔が何かを思いついたようにきらりと瞳を光らせた。
「オレはなんでも自分で確かめねぇと納得できねぇんだ。意味、分かるか?」
「は?」
そういえば、リボーンは修業のときにも勉強のときにも最後まで見ていたなと思い出したところで視界がぐるっと回転した。


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