2.もはやお約束ともいえるヴァリアーとリボーンとの一悶着をどうにか治め、あざとたんこぶとXバーナーで空けた壁の穴を綺麗に無視しながらカレーライスを人数分に分けた。 あまりに怖かったのかヴァリアーの他の隊員は蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまい、いまだ遠目からこちらを眺めている。 ここに居るのはヴァリアー幹部とリボーン、それにオレだけだ。 ザンザスはといえばオレの顔を見た途端、眼光を鋭くしたまま奥に引き籠ってしまった。 あれでは日本のニートというヤツとそう変わらないんじゃないかなどとは口が裂けても言わない。ああ、言わないとも! だから継げ口なんてするなよとオレの思考を読んでいるだろうリボーンに念を押してからカレーライスを一人ひとりに手渡していった。 今回は我ながらいい出来だと知らず頬が緩んでいると、皿を受け取った彼らはオレに何かを訴えかけるようにチラチラとオレと奥を視線が行き来する。 「どうかした?」 分かっているのにわざとそう声を掛ければ、スクアーロさんは長い髪をルッスーリアさんに弄ばれてながら睨んできた。 「っつ!……持っていけぇ!!」 「どこに?」 「どこっ……てぇ!わ、分かってるだろうがぁ!!その残りの一つをだぁ!」 長い髪を振り乱して大声を上げるスクアーロさんに自然と眉が寄る。 このように食事前だというのにうるさいスクアーロさんと、それをキャッキャと楽しんでいるのがルッスーリアさん。 後ろで関わり合いになりたくないとばかりに背中を向けているのがマーモンで、それを隣から覗き込んでいるのはベルフェゴール。 普段ならオレを忌々しげに睨んでいるのに、今日は何故か用意した福神漬けとらっきょう漬けに興味津津なのはレヴィさんだ。 ひとしきり彼らとじゃれあったリボーンは一人先に口をつけている。 とすれば残り一つは誰かなんて分かろうものだ。 だからといってこちらから折れてやるものかと白を切っていれば、スクアーロさんは大声を上げたせいか息が荒くなってきた。 肩で息をするスクアーロさんに水を注いで渡してあげると、それを押し退けて最後の一皿を押し付けられる。 「た……っ、たのむ!」 血管の浮き出ている額やプルプルと震える手元はとても人にものを頼む態度ではないが、これがスクアーロさんの限界なんだろう。 仕方ないので意地悪はやめにして素直に受け取った。 あからさまにホッと息を吐いたスクアーロさんの後ろから、ルッスーリアさんが小指を立てながらスプーンを差し出してくる。 「ボスのね、お気に入りのスプーンを壊してしまったの。あ、勿論ボス自身でよ。でね、予備が丁度底をついちゃったから……あなたが食べさせてね♪」 「……は?」 耳を疑うような台詞に、慌ててルッスーリアさんの顔を覗き込む。するとルッスーリアさんはいや〜ん!と身体をクネらせて踊り始めた。 言葉の意味が理解出来ずに声を張り上げ、辺りに視線を巡らせる。 「ちょっ、どういうこと?!」 こちらを睨んだまま微動だにしないレヴィさんはいいとして、スクアーロさんは頑なにオレから目を背けている。 マーモンは金にならないことに興味がないとばかりにベルフェゴールと小突きあいを繰り広げていてあまつさえ背中を向けていた。 唯一ルッスーリアさんだけがオレに熱い視線を向けているけど、この人の今言った言葉を誰か通訳して欲しい。 言葉通りに遂行したら、オレは間違いなくザンザスに焼き殺される。いや、ハチの巣か。冗談じゃない。 というか、何であんなでかい男に食べさせてやらねばならないんだ。 ジョークにしてもキツすぎると顔を引き攣らせていれば、オレの背後からびゅんという快音が通り過ぎていき最後にザクッと突き刺さる音がする。 オレの真横を通過していった音を辿ると、スプーンが壁にめり込んでいた。 「……」 室内に沈黙が降りる。 物理的にどれだけの力が加わったのかと想像すると怖くなるほど形を変えたスプーンの柄は、もげるようにポロリと取れて床に転がり落ちた。 自分の未来を暗示しているかのようなスプーンの末路に息をすることも忘れて見入っていると、まだ食べ掛けのカレー皿を手にしたリボーンが近付いてきた。 「手が滑ったぞ。スプーンがなくなっちまったから、喰わせてくれ」 どう滑ったら壁に突き刺さるのかなんて訊ねない。そんなことしたらもう一度実演することは分かり切っているからだ。 自分よりほんの少し小さいリボーンに目をやれば、何故かムッとした顔で少し下の位置から睨んでくる。 不満があるというか、納得できないとでもいいたげなその表情に、普段の上下関係が染みついているオレは即座に愛想笑いを浮かべて頷いた。 「わ、分かったよ」 自分用にと配られていたスプーンを手に取ると、おずおずとリボーンへ差し出してみる。 もう赤ん坊でもあるまいし、本当にオレが食べさせたら蹴られると思ったからだ。 けれどもリボーンは目の前のスプーンとオレを一瞥するとドカッと椅子に座って、その横にもう一の脚椅子を引き摺り寄せた。 「えーと、」 天変地異の前触れか、はたまた当たり所がわるかったのか。 カレーの中に何か入れてしまっただろうかと真剣に悩みながらもリボーンの隣に腰掛ける。 こちらに差し出してくるカレー皿を受け取ると、半分ほどになっていたカレーをスプーンで掬い上げた。 あーん、なんて声に出したら張り倒されること請け合いだ。 今一つ事情を飲み込めないままリボーンの口までスプーンを持っていこうとすれば、後ろからガッと手を掴まれた。 「う゛おぃ!!ここまでお膳立てして、ソレはなしだぁぁあ!」 突然耳元で大声を張り上げられて飛び跳ねたオレは、手からスプーンを取り落とす。 カツンと皿を叩く音を響かせたが、どうにか床に落ちることなく皿の中におさまってくれた。 それにつけても何を突然言い出したのかとスクアーロさんを振り返ると、血走った目でリボーンを睨んでいた。 まだ暴れ足りなかったのだろうか。 これ以上暴れたらザンザスの籠っている部屋さえ倒壊してしまうだろう。 触らぬリボーンに祟りなし、オレは先ほどと同じように関わり合いにならないよう欠伸をしつつこっそりと脇に逃げた。 「フン、そんなことだろうと思ってたぞ。やっぱりツナの初あーん(はあと)を狙ってやがったか」 フフンと鼻で笑うリボーンに、スクアーロさんは歯ぎしりをして食ってかかった。 「てめぇはもういいから帰れえぇぇ!!」 「何寝言こいてやがる。ツナの『初めて』の激マズカレーを喰ったのもオレ、『初めて』のあーん(はあと)もオレに決まってんだろうが」 妙な単語に力が入ったことはほっといて、またも撃ち合いと剣戟の応酬になることだけは面倒だから避けたいと思考を巡らせる。 そこでふと、思い出したことがあった。 「あのさ、見当違いだったらごめん!先に謝っておくけど、オレあーん!は中2でやってるよ」 言った途端にいがみ合っていた2人が、バネ仕掛けのようにグリンと勢いよく顔をこちらに向けた。 「なにぃぃい!!」 「てめぇ、どういうこった!」 2人掛かりで迫られても、どうしてそんなことで責められるのか分からない。 「だって、ランボがにんじん食べなかったからさ。母さんにきちんと最後まで食べさせてやれって言われたし……」 当時を思い出しながら、しどろもどろに言い訳をする自分が虚しい。 身ぶり手ぶりで2人の怒りの矛先を収めようと必死になっていると、今度は奥から憤怒の炎に包まれた弾丸が飛んできた。 「あぶ、危ないだろっ!!」 「うるせぇ…このドカスが」 間一髪で避けたからよかったものの、あれをまともに食らっていたらさすがのオレでも死んでいただろう。 今まで一度としてありがたいなんて思ったことはなかったが、今日ばかりは心の底から超直感があってよかったと思えた。 T世にありがとう!と心の中で叫んでいれば、ザンザスが奥の部屋からゆらりと現れる。 「ドカス、お前んとこの雷のカスは今どこにいる……」 「へ?ランボのこと?ランボなら『極限たるんどる!』って了平さんと一緒に外で走らされてる筈だけど」 だたでさえ立派なマフィア顔のザンザスが、今しがた人を100人ほど殺してきましたといった殺伐としたオーラを醸し出している。 何が何だか分からないがどうやらランボがしでかしたらしいと悟って、慌てて椅子から立ち上がろうとするオレの腕を止める者がいた。 リボーンだ。 小さい頃から変わらない根性無しで甘ったれのランボだが、一応可愛い弟だと思っていることを知っているから止めてくれるのかと期待した。 のだが、 「安心しろ、オレがランボを仕留めてきてやる」 「って、おぉぉおいぃぃい!!」 思わずスクアーロさんになってしまったオレを無視して、完全スナイパーモードに切り替わっているリボーンは立ち上がる。 2丁拳銃で窓から飛んでいってしまったザンザスと、身軽に窓を乗り越えていったリボーンの背中を見送ってからハタと気付いた。 「ッツ!!待てっ、てば!」 守護者を殺されては堪らない。 違った、ランボが死んだら日本にいる母さんが悲しむ。 あの2人を止められるのは、多分オレしかいない。 2人の後を追って4階の窓から追い掛けていくオレの姿を見ていたのは、生ぬるいため息を吐いているヴァリアー隊だけだった。 おわり 2013.09.03 |