小説 | ナノ



1.




いまどきの男の子は料理ぐらいできなきゃモテないわよ?
そう母さんにそう言われ、オレが唯一作れるようになったのはカレーライスだ。
このカレーライスなる食べ物が日本のみだと知ったのはイタリアに渡ってきてからのこと。
いやカレーは万国共通ではあるし、本場といえばインド、日本にカレーを伝えたのはイギリスということは知識としてある。
のだが、どうやら日本のカレーライスなる食べ物は他の国のそれとは少し異なるらしいと知ったのはこちらに渡ってきてからだった。
慣れない環境と、美味しいけど馴染みのない食事に四苦八苦したオレのために、一緒にイタリアへ渡った獄寺くんが探しに探してようやく作ってくれたのが日本式のこのカレーライスだった。
一人暮らしをしていた癖に、どうやら獄寺くんは炊事の才能はなかったらしい。
出てきたカレーは焦げて苦かったりしたけれど、それでも白いご飯とカレーはとてもおいしかった。
例の如くというか予想通りに作り過ぎてしまっていた獄寺くん特製のカレーを3日かけて消化していると、そこにちょうどヴァリアーがやってきた。
言うまでもなく彼らと自分たちの仲は相変わらずだ。
声のでかいスクアーロさんの影に隠れるようにこちらを覗く視線に気付いて顔を上げると、相も変わらない目深にフードを被った顔がついと逸らされた。
マーモンはアルコバレーノの呪いから解き放たれ、リボーンと同じく少しずつ成長をしている。
今のところどちらが伸びているのかといえばリボーンだが、まあ等しく小学生ぐらいといったところだろうか。
わざわざボンゴレに顔を出すこともないから、久しぶりの再会なのだがあちらは嬉しそうには見えなかった。

「……ム。ねぇ、それなんだい?」

「へ??どれ?」

行儀も対面的にも悪いとは思えど時間的余裕などないオレは、ヴァリアーの報告兼恫喝を受けながら食事をしていた。
我ながら随分と図太くなったと思う。間違いなく専属の家庭教師の影響だろう。
それといわれても、これといっておかしなものは机にも辺りにもない筈だ。
なんのことだと首を傾げながら、それでもカレーを口の中に入れる作業を中断させずにいれば、マーモンはイラついたようにオレの手からカレー皿を浮かせて取り上げる。
誰のせいとは言わないが幻覚は苦手だから、自然と顔を顰めていれば、マーモンを恨めし気に手元を覗き込んできた。
フードの下の唇が不満げにへの字に曲がる。

「だから、それのことだよ。ジャッポーネの食事かい」

「え、ああ!カレーライスのこと?!」

宙に浮いていた皿をどうにかキャッチすると、ベルさんがシシシッ…と笑いながら手元の皿を覗き込んできた。

「あ、食べますか?」

「いらねーよ。なんでオレがそんな喰い物を……なんだ?焦げてるじゃん。まずそー」

「あーまぁ」

さすがに3日目ともなるといくら懐かしいとはいえ飽きてはくる。しかも焦げがあるせいで苦みも増していた。
それでも獄寺くんの好意を無碍にすることなんて出来ないから曖昧に言葉を濁すと、またカレーライスへとスプーンを戻す。
そこへマーモンが顔を寄せてきた。

「……それって『カレーライス』ってヤツかい?」

「ああ、うん」

そんなに不思議な食べ物だったかなと思いながらも頷けば、マーモンは何故か机の上に立ち上がってオレを見下しながら言った。

「君、それ作れるんでしょ?だったら今回の報酬はそれだね」

「はぁ!?え、いや……だって、オレシェフでもないし、普通のヤツしか作れないよ?」

箱に書かれている通りに作ることは出来る。
だけど隠し味だのコクだのひと手間だのといった小技は持ち合わせていない。
そもそもオレなんかのカレーライスが今回の報酬に見合うのかといったら……うん、それでいいかもしれない。
机の上に置かれた請求書と被害届に視線を落としてから、妥当といえば妥当かと納得した。
正直、請求金額の方が多い。守護者を出せなかったことを悔いても今更だろう。
こめかみを指で押さえながら、ため息を吐き出した。
獄寺くんに日本のカレー粉がどこで売っていたのか聞き出さねば。
そう算段をつけてからマーモンへと向き直る。

「いいよ、作るよ」

「う゛おぉぉい!本当にいいのかぁあ!!」

机に乗り上げる勢いでスクアーロさんまで迫ってきたから、思わず仰け反った。
というか、スクアーロさんの声は間近では凶器だ。
逃げるように皿を抱えたまま椅子から転がり落ちそうになったオレを、ド派手なレインボーカラーが横から支えてくれる。

「もう、気を付けなさいよ!折角の一点物のスーツが汚れちゃうじゃない!」

逞しい腕をクネクネさせながら椅子を元に位置に戻してくれたルッスーリアさんは、オレのジャケットとスラックスに視線を落とした。
オレ本体の心配はしていないことだけは確からしい。
複雑な心境ながらも一応の礼をすると、ザンザスの欠けているヴァリアーの顔を見まわす。

「えーと、本当にそんなんでいいの?」

異口同音に頷いている面々(ただし残りの一人はとても渋々)に重ねて訊ねるも、彼らから否定の声も上がらなかったのでそのまま承諾したのだった。






クツクツと湯気を立てる鍋の前で腕を組んでセットしたタイマーの残り時間を確かめる。
獄寺くんに頼んで手に入れた日本製のカレー粉は、りんごとはちみつが利いているアレだ。
母さんに教わった手順を思い出しながら、どうにか野菜を切り終えて、肉と一緒に炒めてからこうして煮込みまでどうにか進んだ。
我ながらよく出来たと満足げに頷いていると、後ろから呆れたような声が掛る。

「お前、相変わらず手際が悪ぃな。野菜切るだけで何十分かけるんだ」

「う、うるさいなっ!」

誰もついてきてくれなんて頼んじゃいないのに、先日のヴァリアーの一件を聞いたリボーンはこうしてオレの手伝いをする訳でもなく付いてきていた。
どこからどう見てもこましゃくれた小学生にしか見えない容貌を、ブラックスーツに押し込めて笑う顔は妙に大人びて見えてドキリとする。
昔からそうだったから気にも留めていなかったが、リボーンは一体何歳なのだろうか。
なんとなくではあるが、見た目と年齢が異なることだけは分かっていた。
肩越しにチラリとリボーンを盗み見ていれば、リボーンは帽子の下の眉を寄せて顎をしゃくる。

「オイ、よそ見してると鍋が吹きこぼれるぞ」

「うわぁ!!」

慌てて顔を戻せば、蓋から今にも吹きこぼれんばかりに蒸気が立ち上っていた。
咄嗟に手を伸ばすと蓋を摘まんで……足元に落とした。

「あっ、つ!」

蓋のつまみまで熱くなっていたことに気付かず手にしたオレがバカだった。
ふーふーと赤くなってしまった指先に息を吹きかけていれば、目の前から自分の腕が消えて水道まで引っ張られる。
勢いよく流れる水道水の下に腕ごと押し付けられて驚いていれば、自分の腕を掴んでいるリボーンの袖が濡れていることに気付いた。

「ごめん、その!」

「ごめんじゃねぇ。息吹きかけても火傷は治らねぇんだぞ」

「や、そっちじゃなく……」

どんどん濡れていくジャケットに目を奪われていると、それに気付いたリボーンは帽子のつばでオレの顎を叩いた。

「気にすんな。水に濡れたぐらいで死にゃしねぇ」

言うと自分の袖口を気にした様子もなくオレの腕を水道水から引きあげて冷蔵庫へと向き直る。
冷蔵庫というより冷たいただの箱だったが、買い込んできた食材を入れることは出来たので文句は言わない。

「見事に何もねぇな。だが酒を飲むなら……お、見付けたぞ」

こちらを振り返ったリボーンの手には大き目の氷の塊が握られていた。
投げるように手渡されたそれを慌てて火傷した指にそのまま押し付けようとすると、今度はハンカチが顔に飛んでくる。
氷をそれで包んでから指に押し当てると、ジンジンとした痛みが和らいでいくような気がした。
ほっと息を吐いたオレの足元から鍋蓋を拾い上げたリボーンは、ひょいと鍋の中を覗き込むと視線を合わせた。

「アクが出てるな」

「んな!……ヤバっ」

久しぶりにリボーンと視線が合ったことなどすっかり忘れ、手にしていた氷を横に置くとお玉を掴んで鍋に顔を寄せた。
そんなオレをやれやれとでも言いたげに眺めていたリボーンは、濡れた袖口を振って水を切っていた。

「ま、ちっとはまともなもん作れるようになってきたな。カレーだけだけどな」

「だけ、で悪かったな!」

置いた氷に指先だけ押し付けて、またお玉でアクを掬ってを繰り返しながらもそう反論する。
するとリボーンはフンと鼻で笑うとジャケットを脱いでシャツを捲り上げた。

「最初はひでぇ物体が出来あがったよな」

「……」

頷くのも癪で鍋に視線を落としたまま黙っていると、リボーンは性質の悪い笑みを浮かべているだろう口調で続けた。

「ビアンキのポイズンクッキングかと思ったが、一応食えたしな。不味くはなかったぞ」

箱の通りに作った筈が、何故かとんでもない見た目の物体と成り果てたことを思い出す。
そういえばこいつはなんやかんやと言いつつも食べてくれたのだ。自分で作ったものとはいえ、あれはひどかった。
バツの悪さにチロリと横目でリボーンを覗けば、リボーンもまたオレを覗いていて。
こんなに小さく見えるのに、やっぱりリボーンはオレの先生なのかなとふと納得する。

「……これも食べてくよな?」

「ああ、ダメツナの成長を見守るのがオレの役目だからな」

ん……と小さく頷くも、なんとも言われぬ小さな棘が胸の隅をチクリと刺した。
頭をよぎった嫌な予感を振って追い出すと、タイマーがカレールーを投入するタイミングを知らせてくれたのだった。



2013.08.30



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