3.以前リボーンに見立てて貰った明るいベージュのスーツを着て、お見合いをすることになったホテルのロビーにあるソファに座っていた。 まだ世話人の教頭も着いてはいない。 かれこれ14年振りとなる彼女との再会を意外と心待ちにしている自分に驚いた。 大学時代にも彼女らしい彼女は出来ず、その後は慣れない育児に精一杯で、結局は年齢=彼女いない歴になっていた。 嫌いだった訳じゃなく、ただ当時は自分が他の子に片思いしていたためにハルとは付き合うことができなかっただけだ。今ならいいのかというとそれはまだ分からないけれど。 それでも今朝のリボーンの態度が気に掛って仕方がない。 顔も態度もいつも通りになったというのに、目の奥だけが笑っていなかったリボーンに違和感を感じた。伊達にリボーンの親を13年もつとめている訳ではない。 不満があればすぐに口に出す性格なのに、本気でこれはと思うことは親にも言わない。 成長したのだとは思えど、それだけとも思えないのだ。 「…無事に終わる、よね?」 誰とはなしに零れた問いかけに驚いたオレは思わず辺りを見回してしまう。 いる筈もないリボーンを探して、勿論現れる筈もないことは承知の上なのに、見当たらない影に心底ほっとした。 ほどなくして現れた教頭とハル、ハルの職場の弁護士の奥さんと一緒に和室がある部屋へと通された。 お見合いなんて初めてで、しかもことは自分を置き去りにしながら驀進中である。 今更なかったことに出来ないということは承知していたつもりだったが、ここまでお膳立てされていると気が重くなる。 そんなオレに気付いたのか、ハルはテーブルの向こうから笑い掛けてくれた。 久しぶりにあったハルは随分と綺麗になっていて、これでどうしていまだに独身なのかが分からないくらいだ。 昼食を摂りながらの和やかだが堅苦しいお見合いはその後も何事もなく過ぎていった。 やはり思い過ごしだったらしい。いくらリボーンでもこんな場所で何か出来る訳がない。大丈夫だ。そうホッとしていたのとろこにハルから声を掛けられた。 「ツナさん、ちょっと2人だけになりませんか?」 そう言って池のある庭へと連れ出された。 さすがに振り袖は年だからと袖の短い柄の綺麗な着物を着ていたハルはさっさと立ち上がると、世話人2人に挨拶をして、オレを促しながら席を立つ。 場馴れした様子にお見合いしたことがあるのかと尋ねるとお付き合いで仕方なくという返事が返ってきた。 「ハルはずっーとツナさん一筋です。子育てが一段落したらもう一度アタックしようと思ってました。そうしたら先生の奥さまから小学校の教師で35なのに15歳の子持ちの人とお見合いはどうかしらってお話を頂いて…ひょっとしたらと思ったらやっぱりツナさんだったんです」 運命でしょうか。と手を握られ、答えに詰った。 ハルは気立てもいいし、綺麗だし、オレのことを想ってくれているという点だけでもありがたい筈なのに、今一つ心が動かされない。 それはリボーンと諍いを起こしたままで、リボーンの言いたかったことを聞いてやらなかったせいなのかもしれない。 親馬鹿返上を目指してここへやってきた筈なのに、ちっとも子離れできていなかった。 付き合うにしろ、一緒になるにしろ、リボーンを蚊帳の外に置いては考えられない。きちんと話し合ってからにすればよかったと今更後悔する。 ごめん、とハルに声を掛けようとして後ろからいきなり抱きつかれた。 ふわんと香る匂いは女性物の香水だろうか。その割に力強い腕はぎゅうとオレの胴周りを掴んで離さない。 身動きが取れない状態で後ろを振り向けないところをいきなり泣き付かれてしまう。 「酷い!私がいるのにこんな女と!!」 「って、えぇぇえ!?」 まったくもって身に覚えのない台詞に、人間違いですよと声をかけようとしても抱きしめる力の強さに声も出せない。 どうやらオレより15センチは大きいらしい彼女はかなりの大柄だろう。 勿論、女性ならばだが。 「まあ!沢田先生、そのような方がいらっしゃったの?」 遠くから見ていたらしい教頭と弁護士夫人が揃って金切り声を上げて走り寄ってくる。 否定したくともこの態勢では逃げることさえ叶わない。 それでも少し緩んだ腕から右肩が外れた途端、顎を掴まれてムニュリと何かが口を覆った。 ベトつく感触を唇に感じて、それが離れていくのをぼんやりと見ていたところをハルの絶叫で現実に引き戻された。 「ツ、ツナさん!その方は誰ですか?」 「こういうことをする仲よ。ずっと離れないんだから」 上手に女声を作ってはいるが、毎日聞いている声を間違える筈もない。 頭痛を覚えながらも、向き直って一言言わねばと後ろを振り返ると今度は背中から世話人2人の声が掛った。 「沢田先生、こんな場所で不謹慎ですよ!しかもイイ人がいるならなんでお見合いなんかを…」 「いえ、ちが…」 「ハルちゃん、帰りましょうね!」 「って、これは違うんです!」 もうオレの言葉など聞いちゃいない3人はハルの肩を抱いて立ち去っていった。 あとにはオレと、度が過ぎるいたずら者の2人だけが残された。 「…お前、これが元で父さんが学校に居辛くなったらどうしてくれるの?」 3人の後ろ姿を見送ったオレは、重いため息を吐き出しつつも黙ったままの息子を振り返った。 その姿は少しばかり大きいがどこから見ても完璧な女性に見える。 誰から借りたのか体型が隠れるようなふんわりとしたラインのワンピースにヒールのあるパンプスを合わせた格好で、可愛い息子がこちらを睨んでいた。 「こら、いたずらっ子。何か言いなさい」 唇にべっとりついたらしい口紅を手の甲で拭っていると、その手を取られてぎゅっと抱きしめられた。 「ツナはオレのだ」 まあ異存はない。代わりにリボーンはまだオレの庇護の下にあるのでオレがリボーンを育てる義務がある。故にオレのものと言えなくもない。 今回の件は急ぎ過ぎたオレも悪かったので、ポンポンと背中を叩いて怒ってないよとリボーンに伝えた。 「何も言わなかったからオレはこの前までツナと実の親子だと思ってた」 縋りつくように籠もる力に締め上げられて、やっと理解できた。 突然過ぎた自分の出生を知らされて驚いていたところにオレの見合い話とくれば置いて行かれたような気分になったのだろう。 リボーンは何でも知っていると思っていたオレの失態だった。 「そっか、突然言ってごめんな。お前、小さい頃からしっかりしてたから、2歳くらいまでの記憶はあるもんだと思ってた」 ヒールのせいでいつもより5センチは大きい息子の頭を被っているカツラごと撫でくり回した。 するとちげぇぞと頭を振って手を取られる。 間近に迫った顔はむちゃくちゃ美人だけど、どう見てもリボーンだ。その顔が顰められこちらを15センチ上から迫ってくる。 「実の親子じゃなかったことは結構ショックだったが、それ以上に嬉しかった。だからいきなり見合いだと言われてオレのためだと振りかざされて腹が立った」 「……嬉しかった?」 妙な単語が出てきた。悲しかったとか寂しかったなら分かるのに『嬉しい』なんてまるで親子じゃなくてよかったみたいじゃないか。 そんなバカな、何かの聞き間違いかともう一度訊ねるとああという返事が返ってきた。 「ど、して…?」 ずっと母親が育てていた頃からこの年になるまでの13年間を共に過ごしてきたというのに、オレじゃ親として役者不足だったのかと目の前が暗くなる思いでリボーンを見詰め返すと、すぐに気付いたのかそうじゃねぇと否定する。 「今でも父親としてはダメ親父だがそこも味だと思ってるぞ。だけど、違う部分でツナのことを意識していたんだ」 何だそれは。 意味が分からずリボーンの顔を見詰めていると、綺麗なラインを描いていたルージュが少しよれていてドキっとした。先ほどのキスで滲んだのだろう。 リボーンとキスなんて小さい頃はよくしていたことなのに、見た目が女性だと変な気分になるもんなんだなと思わず顔を横に向けた。 それに気付かずリボーンの顔が益々近付いてくる。 「父親としてじゃなく、す……おい、」 意識しないようにと思えば思うほどドキドキして必死に顔を反らしていると、聞いていないと思ったらしいリボーンがオレの顎をぐっと掴んで間近に引き寄せた。 「…ツナ?」 「な、なに!」 声が裏返ったことは承知しているが、それを止める術もない。顔を赤く染めないようにと目線をリボーンのカツラに向けていれば、その顔を見たリボーンの表情が変わる。 「そうか、そんなにこの顔を見たくねぇのか。ツナにとってはオレはその程度だったって訳だな」 「なっ!ち、違うよ!逆だって、あんまり綺麗だからドキドキしちゃっ…ふぎゃあ!」 必死に言い訳をしていると、リボーンの腕が背中から腰へとくだって尻を撫で回されて変な声が出た。 肩に顎を乗せて覆いかぶさる格好で撫でられて、傍からみたら女性に痴漢を働かれている情けない男に見えると思う。 逃げ出そうともがいていると、リボーンが頬にキスをしてきた。 勘弁してくれ! 「おま、わざとか!」 「そうだぞ。ツナはこの顔が好きなんだろう?それなら武器は有効に使わねぇとな」 「意味分かんない!」 逃げたいのに逃げられない上にこの仕打ち。どこで育て方を間違えたんだろうか。 「ツナ、好きだぞ」 「オレもだよ。今度からはきちんと話し合おうな。ってのは分かったから離してくれぇえ!」 意味を取り違えていたことに気付いたのはその5秒後の話で、熱烈なベロチューをかましてくれてからのことだった。 タイトルをfisikaさまよりお借りしています 本へ続く |