小説 | ナノ



2.




自分がおかしいことに気付いたのはもっと幼い日のことだったと思う。
父親であるツナのことを取られそうだと思った時に、そこにある感情が親子のそれとはまた違うことを知った。




周囲の親に比べて年若い父親である綱吉は、傍目から見てもオレを本当に大事にしてくれていた。参観会には一度も来てはくれなかったが、それを毎回いい訳もせずに小さかったオレに頭を下げ、きちんと理由を説明してくれたから不満に思うこともなかった。
そもそも母親がいない家庭がおかしいということに気付いたのは小学校に上がってからで、けれどそれを寂しいと思ったことなど一度もない。
自分とツナだけでいい。本当にそう思っていたし、それ以外の邪魔者がいなくて丁度いいとさえ考えていた。
しかしツナは見た目が20歳から年を取らないバケモノのような童顔だが、それでもれっきとした大人であり、保護者だった。
だからツナを父と思う気持ちは存在するし、忘れることもないだろう。
小学校の教師をしているツナは、オレが小学校在学中に3年だけ同じ学校で教師をしていた。
親子が同じ学校に居ることもままあることらしい。
そんな折にツナのクラスの児童が家出騒ぎを起こしたことがあった。理由は子供らしいといえば子供らしいが、ツナのお嫁さんになることを母親に反対されてのことだった。
オレからしてみればいつく年齢差があると思ってるんだとバカにしていたのだが、それでも他人であり、女であるというだけでその道はまったくないとは言い切れないのだと気が付いた。
ほどなく見付かったその女子児童に嫉妬を覚えたことを今でも鮮明に覚えている。
父親を父親としてではなく、一己の人間として必要としている自分を知った。
それでもツナのことを親として思っていたのに、それが妙なことになってしまったのは今からちょうど2週間ほど前の話だった。


その日は取り立てて何があったという訳でもなく、ただ珍しく教員たちの飲み会に顔を出したツナがそれでも10時には家に辿り着いた時のことだ。
アルコールに弱いツナは乾杯のビール一杯で真っ赤に染まり、2杯目には撃沈するほどの許容量しか持ち合わせていない。
そんなツナが同じく酔っ払った同僚の教諭に肩を担がれて帰って来た。
酔っ払い同士の訳の分からない会話と脈略のない行動を眺めていると、その同僚の教師にお荷物でーす!とツナを引き渡されて辟易した。
「酒臭ぇぞ。弱いくせに飲んでくるんじゃねぇ」
「だってさ!たまには付き合わないとイカンだろ!?お付き合いだよ、お付き合い!」
そう言って拳を突き上げるツナは、オレに抱えられた格好でくだを巻いている。
まごうことなきバカだと思いながら、それでも一家の大黒柱に風邪をひかれては困るとツナを引っ張っていこうとすると、酔っ払いがぎゅうとすごい力で抱き付いてきた。酒に呑まれる大人の典型的な脈絡のない行動にため息が漏れる。
「お前、これじゃ運べねぇだろ」
「んー…リボ、かわいーな。いい子だよ。可愛い…」
背中に回された手がそのまま上に上がってぐりぐりと頭を撫でていく。
間近に迫った顔にドキリと心臓が跳ねて、次いで違う場所がずくりと疼いた。
バカらしいと頭を振っても誤魔化せない。
男も15を越えれば多少なりともむさ苦しくなったり、汗臭くなったりするというのに、すでに35を越えているツナにはそういった男を感じさせるところがなかった。かといってナヨナヨしているのかといえばそれも違う。
この一年でツナの身長を追い越したオレは、自分より10センチほど低いツナのほっそりした項に釘付けになる。
アルコールに呑まれたツナはオレの肩に頭を預けて夢の中へと旅立ってしまい、残されたオレは二進も三進もいかない気持ちに飲み込まれそうになっていた。
抱きかかえれば白い喉元が露わになり、このままだと艶かしい項が目に毒だ。
息を詰めてツナの腕を肩に回して引き摺ると、意識もないくせに擦り寄ってくる。
寝癖だか生え癖だか分からないツンツンと立ち上がっている髪の毛の柔らかさを頬に感じならがもどうにかツナの部屋へと押し込めることに成功した自分を褒めてやりたかったほどだ。
ベッドに転がしたツナの上に布団を掛けてやろうとして乗り上げたところで、動きが止まる。
酒臭い息を漏らす唇の赤さにふらりと引き寄せられていった。







それからというもの、意識をしないようにとすればするほどツナを意識してしまい、傍に寄ることもできなくなっていた。
母親の顔は覚えていないが、それでも実の父親に欲情するなんてありえないと必死に目を逸らし続けて4週間。どんな難解な問題より悩ましいそれに負けそうになった4週間でもある。
これ以上は理性が持たないという目に幾度も合い、その度に焼ききれなかった自制心を誉めながらやり過ごしていた。
だというのに。
「…………うそだろ」
幾度紙の上を行き来しても変わりのない事実に、半ば呆然として両手で広げたそれを握り締めた。
市役所の入り口にある安っぽいソファにふらふらと腰掛けて、一度目を瞑ってからまた戸籍謄本に視線を落とした。
「養子、」
12年前の九月二十日に養子となったと書いてある。
血の繋がりはないということに足元が掬われる気がして、けれど冷えた指先から徐々に熱が上がってくることを感じ取った。
危ういほどの執着は親に対する愛情などをとっくに通り越していて、その異常さにこのオレが怯えていた。
けれどこれからは怯える必要もない。
女の影もなく、オレだけのために生きてきたツナを陥落するなんて容易い。情に脆いツナをどうやって攻略していこうと考えを巡らせて家路に着いた。


それが如何に子供の浅知恵だったのだと思い知らされたのはその日の夕方だった。



夕食を済ませ、いつになくそわそわした様子のツナを不審に思いながらも気持ちはどうやって親子の一線を越えようかと気持ちもそぞろになっていた。
とりあえず一言戸籍謄本を取ってきたことを告げようと妙に大人しいツナに声を掛けると、ただでさえ小動物みたいな仕草のツナがびくりと肩を震わせてそっと上目遣いにオレを見上げてきた。
「ツナ」
「あのさ」
2人同時に喋りはじめて互いの顔を見合わせる。
「先に言え」
「ううん、リボーンこそ」
言い辛いことなのか眉間に皺を寄せて言いよどんでいる。こんなツナなど見たことがない。
テーブルに組んだ手を押し付けているツナの顔を立ち上がった格好で睨み付けていれば、ため息と一緒に肩を落としたツナが喋りはじめた。
「リボーンだって、おさんどんはもう嫌だよね?それに好きな子がいるなら余計オレみたいな親馬鹿と距離置きたいっていうのも分かってはいるんだ」
「…何の話だ?」
いきなり過ぎて話についていけないオレを置き去りにしたまま、下げられた顔を上げることなくテーブルに言葉を零していく。
「そのためにって訳じゃないけど、リボーンの自立のためにオレが幸せにならなきゃならないのかもな」
そう言って俯いていた顔を上げたツナは少し硬いながらも笑顔を向けてきた。
「お見合いすることになったんだ」
「ツナ…」
「相手はよく知る女性でね。ずっとオレみたいなダメツナを好きでいてくれた変わり者で、」
「ツナ!」
「だから、」
そこで一旦言葉を切ったツナの強い口調に押されて黙る。
そんなオレをふんわりとした笑顔で包むとつぎ足した。
「本当の親子になりたいんだ。リボーンにも人並みの幸せを見つけてあげたい」
「っ…!」
ツナはオレが養子だと知っているということを前提とした言葉に二の句が継げなくなった。
当たり前だ。戸籍謄本を見れば誰でも分かる。
その上での言葉に腹の奥が焼け付くように熱くなってきた。
親だなんて思ってねぇと喉元まで出掛かったオレは、それを必死に飲み込むと力一杯テーブルに拳を打ちつけて、ツナの顔も見ずにキッチンから飛び出ていくだけで精一杯だった。



















その後は何度話し合おうがお見合いはするの一点張りで、こちらの話を聞こうともしないツナに痺れを切らしたオレはある決意をした。
言ってダメなら行動しかない。絶対、見合いをぶち壊してやる。
そうとは知らないツナは、少し大人しくなったオレを不審には思いながらも以前と同じように接してくる。
オレだけがツナを親として以上に見ていることなど気付きもしないその様子に、逆に諦めるものかと闘争心が沸いた。
「明日、例のお見合いだからいい子で留守番しててな?」
夕飯を摂りながらそう言われ、誰がいい子だと返しそうになって慌てて頷いた。
悟られる訳にはいかない。
明日が決戦だった。




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