リボツナ4 | ナノ



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コンビニに設置されているこの時期特有のコーナーの前でしばし立ち止まる。
それから妥当だろうと思われる大きさのそれらを3つだけ手にして、こちらが本当の目的である週間少年マンガを小脇に抱えるといそいそとレジの前に立った。
綺麗にラッピングされたそれらはいわゆるホワイトデーのお返しなる品々だった。
3つもと思われるかもしれないが、1つは母親でもう1つは近所に住むまだ5つの女の子。最後の1つは学校の違う同い年の女の子からだったがかなりツボが偏っているので、素直にオレを好きなのかというと少々…いや、かなり怪しい。
それでも貰ったものは返さなければという義務感からこうしてホワイトデー当日にこっそりとコンビニへ買いに来ている。

余程小まめな男でもな限り、または彼女のリクエストでもなければお返しなんてこれが関の山だろう。
そう思いながらもコンビニを後にすると近所の5歳の女の子の家へと向かった。
途中、やはり待ち伏せていた同い年の女の子に襲撃されて、嵐のように言いたいことを喋ってからオレの手の中の包みを1つ奪うと逃げるように去っていってしまい本当にオレがどうこうじゃないよなあと改めて思いながらまた歩き出す。
すると丁度いいところで外で遊んでいた5歳の女の子を見つけた。すかさず包みを渡すと謝謝と笑ってくれる。それからこちらがメインの預かりものの包みを手渡すと飛び跳ねて喜んでくれた。
彼女のお目当てはオレのお返しではなく、預かってきた包みの方だ。

オレと同じ中学校のものすごく怖い先輩に一目ぼれしたという彼女のバレンタインを今年は手伝ってあげたのだ。
いらないと素気無く断ると思っていたのに、かの並盛の恐怖の大王は意外や素直に受け取ってくれて驚いたものだ。
そして今日お返しをオレ経由で渡されたという訳だった。
嬉しそうに顔を赤らめているイーピンを見詰めて少しだけ今日が報われた気がする。

周りを気にしない風紀委員長は、オレのクラスにひょっこり現れると何も説明しないままその包みをオレに放り投げてきたのだ。
そのまま学ランを翻していってしまったせいで教室には痛いほどの沈黙と、蔑むような視線がオレに集まった。
聞いてくれればまだ答えようもあるのに、誰も雲雀さんが怖くて聞いてくれないからクラスメイトには多分誤解されたままだろう。

はぁと深いため息を吐いていると、イーピンと一緒に遊んでいた男の子がこちらをじっと見つめていた。どうやら自分もそれを貰えると勘違いしたらしい。
牛柄のツナギを着た男の子があまりに煩くて、たまたまポケットの中に入れたあった飴をあげると何故か懐かれた。ブドウ味がお気に召したようだ。
三つ編みの可愛いイーピンがオレとその牛柄の男の子を引き剥がしてくれてたから、どうにか家に帰ってくることができた。
そうしてどうにか散々な今年のホワイトデーが過ぎようとしていた。




中学2年生にもなれば、授業もたくさんあって帰りなんて夕暮れと一緒になることもざらになる。
お世辞にもオツムの出来がよろしいとは言い難いオレだが、授業をサボることはしない。それでもさっぱり分からないのだからあまり意味はないのかもしれないが。
そういえば、今日は同じクラスの留学生がすごかったなと落ちる夕日を視界に入れながら思い出した。

イタリアからの留学生だというリボーン君は並中で知らぬ者などいない有名人だった。
こちらに1年という期間つきで去年の9月に留学してきたばかりにも関わらず、今では並盛でも知らない方がもぐりだとまで言われているぐらいである。
あの雲雀さんが一目置いているというだけでどれほどか分かるというものだろう。
イタリアというお国柄のためか女の人には幼女から老婆に至るまであくまで優しい態度を崩さない癖に、男には厳しく容赦がない。群れることを嫌う雲雀さんとはまた違った一匹狼タイプだった。

そんなクラスメイトのリボーン君とは一方的にお世話になったことが一度だけあった。
去年の12月のクリスマスイブの日に、母さんのお使いを頼まれたオレは防寒対策で体型が変わるほど防寒具を着こみ、ニット帽を目深に被って家を飛び出した。
一刻も早く用事を済ませたかったからだ。
母さんが無理矢理着せたコートは女物で、ニット帽もぽんぽんが大きくてどちらかといえば女の子に見えたのかもしれない。
いつものダメツナと分からないならいいかと夕暮れの街をケーキの材料を買いに走っていけば、そこはダメツナクオリティというか、いつも通りに不良に絡まれた。
腕を引っ張られて連れていかれそうになっていたところを助けてくれたのがリボーン君だったのだ。

高校生と思われる3人組をあっという間に道端に転がしたリボーン君にお礼を言おうとしてハタと気付く。
男には厳しいリボーン君のこと、オレが同じクラスのダメツナだと気付かれたら同じように伸されてしまうのではと。
そう考えたオレは口を閉ざしたままリボーン君に頭だけ下げるときちんとお礼も出来ないままその場を逃げ出した。
それからというもの、オレは今までとは違った意味でリボーン君を意識するようになった。

やはりド突かれてもお礼は言うべきだろうと何度も声を掛けようとして、その度にリボーン君を囲む女の子たちに阻まれて追い返された。
だから、せめてお礼は言えなくともと一ヶ月前のその日に一言のお礼と一緒に女の子たちのそれに紛れ込ませた。
きっとたくさん貰っているのだから、1つぐらいそんな物が紛れていても気付かないさとたかを括って。

今日はどれぐらいお返しをしたんだろうか、モテるのも大変なんだなといらぬ同情をしながら、次の角を曲がればウチに辿りつくところまで帰ってきていた。
オレの頭の斜め上にある外灯がチラチラと灯りを零している。切れかけているそれに気を取られてそちらだけを向いていたオレがぼんやりと角に足を踏み出したところで何かにぶつかった。

「すっ、すみません!」

余所を向いていたせいで、前が疎かになっていたオレは鼻の頭を何かに打ち付けたらしい。痛みでツンとする高くもない鼻を押さえながらもすぐに頭を下げた。
相手は大丈夫だっただろうかと慌てて前を向くと、驚いたことに今まで気にしていた相手が目の前に立っていた。

「お前、今までどこに行ってたんだ?」

「は?」

頭半分ほど違う顔が不機嫌そうに顰められていて、こちらを睨んでいる。リボーン君とほとんど面識なんてなかった筈だと首を傾げていれば、目の前に綺麗な包みの小箱を差し出された。

「貰ったモンは返すのが筋なんだろう」

「はぁ…」

意味も分からず手にしたそれを眺めていると、またも頭の上から声が掛かった。

「今日は帽子被ってねぇんだな」

「ッ!?」

言われてまさかと思いながらもリボーン君の顔を確かめると、そんなオレをじっと見ていたらしい視線とがっちりかち合った。
慌てて顔を下げて俯くも、後頭部に落ちる視線がどこかにいく気配もなく焦りに汗が滲み出る。

「貰ったチョコはすべて誰からなのかしっかり把握してんだぞ。だが1つだけ分からねぇヤツがあってな。それがこの前お前から回ってきた日直の文字をみてやっと分かったところだ」

まさか書き添えた文字から当てられるとは思ってもみなかった。というか、オレ以外は分かっていたということもかなり恐ろしい。
ぐうの音も出ずに寒さよりも恥ずかしさで火照る顔を下げたまま、うまいことこの場を切り抜けられないものかと必死に探していると、横からリボーン君の手が伸びてきて俯いていた顎をすいと取られた。

「そうしたら、今日のアレは何だ?」

「…アレ?」

それこそ何の話だとやっと視線をリボーン君に合わせると、憮然とした表情で顔を近づけてきた。

「雲雀から渡されてただろう?」

「あぁ!あれはイーピンの…近所の女の子へのお返しだけど」

やっと聞いてくれる人がいたと思えばリボーン君だなんておかしな話だ。どうせならあの場で聞いて欲しかったと思い掛けて慌てて頭を横に振った。
いいや、ここでよかった。
リボーン君にチョコをあげたなんてバレたら女子に吊るし上げられることは必至だ。だからここまで渡しに来てくれたんだと気が付いた。

「あ、ありがとう…!」

それからわざわざごめんなと言うつもりで口を開くと、目の前の顔がくっ付きそうなほど近付いてきていた。

「ちかすぎッ…!」

睫毛が長いんだなぁとチラリと思ったが、それよりも鼻先が近付いてくることが気になって顔を引こうとしても顎を取られた状態ではそれも叶わない。
今はどんな状況なんだろうと焦るオレを尻目に目の前の眦がすっと細められた。

「雲雀へのあれはお前からのチョコじゃねぇんだな?」

「う、うん!」

当たり前だと声を上げれば薄い唇がニヤリと弧を描いてそのまま頬に押し付けられた。

「ひぇぇ!なんッ?!」

外国では親愛の情を示すのかもしれないが、ここは日本だ。そんな習慣などないのだから情けないと笑わないで欲しい。
見開いたままの瞳でリボーン君の顔の行方を追っていくと、オレの頬から離された唇は何故か自分のそこに向かって落ちてきた。

「ちょ、まっ!」

ギリギリで自分の唇とリボーン君のそれの間に手を差し込めた自分を褒めてやりたい。日頃の激ニブの反射神経でよく間に合ったと思いながら、リボーン君の顔を押し返そうと手に力を込めるもちっとも向こうにいかない顔に焦る。

「どうしてだ?オレはお前からバレンタインチョコを貰ったんだぞ。それはそういう意味だろ?」

「そうじゃなくて、あれはお礼っていうか…」

自分でそう思っていた筈なのに、言えば言うほど違和感が湧いてきた。お礼がしたかっただけなら手紙だけでもよかったのに、あえてあの日にチョコまで添えたのはどうしてだ?
そんなの決まってる。
自分の気持ちに今頃気付いて全身から湯気がでそうなほど熱くなる。
だから女の子たちが苦手だったんだと、抜けていたピースが嵌っていくように自分の気持ちもはっきりしてきた。
オレは本当に鈍い。

だけどそんなことなど言えやしない。男に言い寄られるなんてオレだって嫌だ。
やっぱり逃げようとリボーン君に掴まれていた顎にかかる手を払うと、身体の小ささを利用して小脇を抜けようと身を屈めた。

「逃がすか」

「ひぃ…っ!」

抜けたと思った瞬間に着ていたパーカーを引っ張られて、後ろにぐいっと引き寄せられる。運動神経もよろしくないオレはその動きについていけずに倒れこみそうになった。

「ムダな抵抗をするヤツだな」

そんなオレを横から支えてくれた腕に抱きかかえられて身体が強張る。真っ赤に染まった顔で知られたかもしれないと思うと居た堪れない。
どんな言葉も堪えようと、ぎゅっと目を閉じて顔を伏せれば、耳朶に息がかかってそこにリボーン君の顔が近付いてきているのだと分かる。
オレを支える腕に力が込められ、半端な体勢のせいで逃げ出せない。
自意識過剰だと分かっていてもドキドキと煩い心臓は止められやしなくて恥ずかしい。

「やっと見付けたってのに逃がす訳ねぇだろ」

「っ…!」

オレとは違う大人の声に近付いている低い声にゾクリとした。言葉の意味を知りたかったというより、ほぼ反射で顔を上げると今度は逃げ出せないタイミングで唇が重なった。
テレビのキスシーンだってまともに見られないのに、自分がされているなんて現実味がない。
だけど押し付けられた柔らかい感触が幾度も強くまたは羽のように触れていくうちに口許が緩みはぁと小さく息を漏らすと、その隙を狙っていたようにぬるりとした生暖かいものが口の中に入り込んできた。
わずかに開いている歯列をムリにこじ開けようとはしないそれは、くすぐるように先で舐め取っていくから気持ちよさにトロリと身体が蕩けだした。
力が抜けた身体を支える腕がパーカーを押し退けて奥へと入り込んでくる。外だということも忘れてされるがままでリボーン君の腕に縋れば口腔の中に入ってきた舌に舌を押し付けられて声が漏れる。

「んふっ…!」

鼻から抜けた自分の声に驚くと、同じようにリボーン君もハッとしたように押し付けていた舌を離してくれた。
中に入り込んだ手の隙間からまだ寒い外気が熱を冷ましていく。
やっと離れていった唇が唾液にまみれ赤く染まっていたことに、自分たちのしたことを突きつけられたようですぐに視線を逸らした。

「…ずっと忘れられなかった。探そうにも帽子のせいで髪の色も長さもわからねぇ。覚えていたのはその瞳の色だけだったってのに、な。それがまさかクラスのダメツナだと知ったときにはさすがのオレも止めようと思った。冗談じゃねぇって」

「うん…」

ポツリ、ポツリと吐き出される言葉に頷いた。
それはそうだろう。男の上にオレみたいなのじゃ、誰だってご免だよなと分かっていたのにじわりと視界が滲む。
項垂れたまま逃げ出そうと手を自分とリボーン君の間に入れるも、身体が動かせなくてまだリボーン君の手が回されたままだということに気付いた。

「離してくれって!」

一刻も早くここから逃げ出すことだけを考えていたオレは、逃げ出せないことに焦ってもがく。するとわずかに緩んだ隙間を見つけて足を踏み出すと逆に体勢を崩したオレに後ろから伸し掛かられた。

「それがどうした。今日雲雀から素直に受け取ったお前を見てふざけるなと血が昇って押しかけたって訳だ」

「…」

よく意味が分からない。
つまりは雲雀さんのお返しを受け取ったことに腹を立てたのだろうか。だとしたらそれは誤解だと知ったのだからもういい筈だ。
とりあえず怒っている訳ではないらしいと感じてはいてもそれ以上は意味不明で、どうしてこんな格好でいるんだろうかと思っていれば、オイと横から声を掛けられた。

「返事は?」

「えっと…」

どれに返事をすればいいんだ。というか何を訊ねられているのか分からない。
必死に言われた言葉を反芻してもやっぱりオレにはチンプンカンプンだった。
黙って俯いているオレをしばらく見ていたリボーン君は、どうやらオレが分かっていないことを察したのか長い長いため息を吐いた。

「…もういい。で、お前はどういう意味でオレにチョコを渡した?」

「お礼と、その…」

可愛い女の子ならともかく、オレに好きだなんて言われても気持ち悪いだけだろう。言えずに顔を伏せたオレを見詰めていた視線が、覗き込むように顔に近付いてきた。

「ごめんっ、あのさ!」

どうにか誤魔化せないかと口を開けば、その口にムニュリと少し冷たくなった唇を押し付けられて驚きで目を瞠る。
今度はすぐに離れていった顔を凝視していると、オレに口付けた唇をペロリと舐めた。

「付き合ってやるぞ、お前と」

「は?どこに?」

酷薄そうに笑う唇は、けれどよく見ればそこまで綺麗な形をしている。少し薄い下唇をなぞる舌に釘付けになりながら、そんな話をしていただろうかと必死に思い出そうとした。

「チョコをオレに寄越したんだろう?」

「う、うん」

そんなオレに焦れる訳でもなく何故だか段々顔が近付いてくる。
リボーン君と違ってアップに耐えられない造作だから恥ずかしいと、視線を逸らして上半身を逸らすも後頭部に手が周ってきた。
逃げられない状況になっていく。

「だから、その返事だぞ」

「へぇ…えぇぇえ!!?」

あっさりと言い切られて思わず素直に頷いてから言葉のおかしさに気付いて大声を上げる。
だってそれってオレと付き合うってことだ。どこかに付き合うのそれじゃなく、交際をする方の付き合うなのかとやっと思い付く。

そんなオレの口を塞いだのはやっぱりリボーン君の唇だった。


happy whiteday!



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