1.差。 誰もが無意識に他人と自分を比べては、どちらが勝ってどちらが劣っているのかを推し量る数値。 小さい頃から○○君は××君より身長が何センチ高いだの、50メートル走の記録は学年一だのと人より優れた部分を探しては比べていくのは、学生としては普通のことだと思う。 競争をして互いを伸ばし合うという大人の建前に踊らされ、その枠からはみ出してばかりいるオレはやっぱり皆の言う通り『ダメツナ』なんだろう。 リボーンとオレの間にはまず「年齢差」が横たわっている。 何せ相手は教師だ。どうしてこんな偏差値も高くない普通の公立高校の教師をしているのか分からないと誰もが口を揃えるほど高学歴らしいが、そんなことオレは知ったことじゃない。 道を歩けばモデルにと声を掛けられているところを目撃したのも一度や二度じゃなくて、そのたびにすげなく断っている姿も同じ数だけ確認していた。 リボーンが先生じゃなければと思ったこともあったが、それでも年齢差は依然としてあり続けるのだから変わりないのかもしれない。 そう、平凡な男子高校生のオレと普通じゃない高校教師のレンアイなんて誰にも知られちゃならない秘密なのだ。 短い冬休みを終えて、イヤイヤ始まった3学期からもう1ヵ月が過ぎようとしていた。 月を跨ぐと街も校内も一斉に雰囲気が変わりはじめる。 女の子たちの楽しそうな話し声を耳にしても、もうそんな時期なんだなと他人事の年間行事として捉えているから気にならない。 たまにリボーンという単語が漏れ聞こえてくるから、そのたびに後ろめたさに顔を伏せて足早にその場から立ち去る。するとそれを目敏くリボーンが見つけてはからかわれる羽目になる。 今日も今日とて人通りの多い昼休みの廊下だというのに、複数人の女子がやれリボーン先生の好みがどうのという話に花を咲かせていた。 「でさ、私聞いてきた!」 「マジ?!それで、それで?」 甘い物が苦手なリボーンにあの手この手でアプローチをする女子生徒は多い。それ以外にもこうして騒がないだけで女性教諭の方が本気なのかもしれないがオレには知りようもない。 けれども誰にでも平等に距離を置くから、リボーンと特別親しい女子生徒も女性教諭もいないのは誰の目からも明らかで、そこがいいと盛り上がっているようだった。 総じてリボーンという男は人との距離を測ることが上手いらしい。 そんなことなど気にしてないと自分に言い聞かせながら声を潜めない女子を横目に息を殺して廊下を渡りきろうと足を進めた。 「…なんだって!」 無視を決め込んでいた筈なのにうまく聞き取れなかった言葉に思わず顔を向けていると、まるで見計らったようなタイミングでケータイがメールの着信を伝えた。 「ひぃ…ぃ!」 制服のポケットに忍び込ませていたケータイが振動とともに小さな音を立てて早く早くと急かすように主張している。それに逆らう術もなくうるさく音を立てるケータイを取り出すとメールを開いた。 そこには『12:40に視聴覚室』とだけ文字が打たれている。差出人の名前も分からないようにとRとしか登録されていない。 指定されたそこはいつも人気のない昼寝部屋として使用していた場所で、最近では人目を忍ぶ話をする際の待ち合わせ場所として活用中だ。 そのメールを目にしただけでかぁと顔が赤らんだ自分に気付いて、慌てて顔を伏せるとケータイをしまい込んでから階段へと駆け出した。 辺りに人の気配がないことを確認してから視聴覚室へと飛び込むと、いつもの如くガランとした教室には人っ子一人見当たらない。 そういえばどうしてここだけたむろしていないのかと今更気になってぐるりと教室を眺めていれば、いつもは気にしたこともない染みを見つけて視線が釘付けになる。 いやいやまさかと首を振って、そこから顔を逸らそうと横を向くと黒い壁が突然現れて悲鳴を上げかけた。 「ひ…っっ!」 「このダメツナが。こんな場所で悲鳴を上げたら人がすっ飛んでくるぞ」 「ふぐっ、ん!」 口どころか鼻さえ大きな手の平に押さえ付けられて妙な声になる。 それでもリボーンだと分かると身体の力が抜けた。 「大事な話があるっつっただろうが」 「…ご、ごめん」 やっと口から手が離れて、肩で息を吐きながらそう謝ればクスリとリボーンが小さく笑った。 「まぁ、ここの噂もツナには効果がなかったみてぇだけどな」 「へ?どういう…」 嫌な予感に顔を上げると、リボーンは楽しげに口端を上げて横に並んでいる机の上に腰掛けた。 「この部屋にはポルターガイスト現象が起こる」 「んなっ!」 「…って、聞いたことはねぇか?」 そう訊ねられて必死に入学当初の記憶を呼び起こす。そういえばこの手の噂話はどこの学校にもつきもので、逆にそういうスポットは覗きや見物が多くなる筈だった。 けれども今、こうして人気がないということは…。 やっと気付いたオレが逃げ出そうと足を踏み出すより先にリボーンの手が伸びてきた。 「安心しろ。そいつはオレが広めた嘘だぞ」 「って、嘘ならすぐにバレるだろ?!」 そう、ただの噂なら逆に人寄せにしかならない。だというのに、オレがここを昼寝の場所として使い始めてからずっと覗きにくる人影さえないということは、やはり本当だということではないのか。 逃げられないように腕を掴まれたままリボーンの顔を睨みつけていると、今度は尻に手が周ってきた。 「ちょ、どこ触っ」 「お前細すぎるぞ…もうちっと食え」 「食べてるよ!じゃなくて!」 撫でるというより確かめるような手付きに身体を捩れば、体勢を崩した隙をつかれてぐっと引き寄せられた。 リボーンのスーツの肩口に鼻をぶつけて痛さに涙が浮かぶ。 「っ、」 「どこまで信じるかと色々試してみていたんだが、丁度オレが2日ほど出張で居ない隙にお前がここに居付いてな…その後はどんなに驚かせても昼寝のお前を起こすことが出来なくなって今に至ったって訳だ」 「ほんとかよ…」 自分の寝汚さにも呆れるが、リボーンの悪戯にも呆れた。仮にも教師だろうと口に出しかけてふと気付く。 「ここってリボーンの休憩所だったとか?」 あれだけ女という性別の生き物に追いかけ回されているのだ。息吐く場所ぐらい欲しいだろう。 そんな気はなかったがリボーンの居場所を取ってしまったのかと真横にある顔に視線をやれば、同じくこちらに視線を向けていたリボーンにニヤリと笑われた。 「最初はな、追い出してやろうと思ってた」 「そっ」 「だがな、どんなに脅しても寝ていやがるお前が心配になってな」 「…」 何が心配になったのかは言わずと知れる。つまりはおつむの心配をされたのだろう。 失礼だと言えない自分が哀しい。 「テストも壊滅的で放っておけなくなったんだぞ」 ありがたいような、そうでもないような話に愛想笑いを浮かべていれば、オレの肩を掴んでいた手が急に力を籠めてぐいと横のテーブルの上に押し付けた。 「そんな訳でここはオレとツナしか来ないっつうことだ」 「ちょッ!まっ、待てって!」 だからといって机の上で押し倒される謂れもない。 スルスルとオレの腕を掻い潜って入り込んでくるリボーンの指先から逃れようと手足をバタつかせていると、疎かになっていた唇に生暖かいものを押し付けられてハッと視線を上げた。 「冗談はさておき、話を進めるぞ」 あっさりと上から退いた温かさに、からかわれただけなんだと知って恥ずかしくなる。 年齢の差が経験の差だなんて思っていないけれど、自分とリボーンの差はかなりあるらしいとまた思い知らされる。 ぐっと唇を噛んだ顔を見られないように俯きながら、机の上から身体を起こして頭を振った。 2012.01.27 |