リボツナ4 | ナノ



告白。




「先生っ、好きです!」

今どきどこの昼ドラだってそんなベタな展開にはなりはしないだろうと思いつつ、壁一枚向こうからの声を耳にしていた。
春のうららかな日差しを背中いっぱいに浴びて、昼休みのわずかな時間をまどろんでいればコレである。
場所は音楽室やら理科室が並ぶ実習棟。オレはどうにか高校に滑り込むことができたばかりの高校一年生。

昼休みの実習棟なんて、部活がある理科室や美術室、またはブラスバンドの練習に使われている音楽室ぐらいしか人気はない。
入学当初からほどよい昼寝場所を探していたオレは、屋上から中庭と点々彷徨って一階の真ん中にある視聴覚室へと辿り着いた。
鍵のかけられていない視聴覚室の中は、ガランとしていて人っ子一人見当たらないし、人が覗きにくることもない。
恰好の昼寝場所を見つけたオレは、カーテンを薄く開けて日差しをたっぷり浴びながら机の上に突っ伏せて居眠りをしていた。
オレがここで昼寝をしていることを知っているのはあの性悪教師だけで、だとすればこの事態はあいつがわざとしているに間違いない。
悪趣味というか露出狂というのか、なにかと見せたがる性質の持ち主でひっそりと生きていきたい自分とは正反対といえる。
どうしてそんな人物と付き合うことになったのか自分でも今一つ謎だったりするが、嫌いではないのだから仕方がない。

係わり合いにならないようにと身を縮めて息を殺していれば、壁ひとつ隔てた向こうから女の子の泣き声がしてパタパタと足音が遠ざかっていった。
するとガラス窓からコンコンと叩く音が聞こえてくる。

「オイ、聞いてたんだろ?ここを開けろ」

「…面倒くさ、」

「ここを蹴破って入ったらどうなると思う?」

楽しそうな声で呟くリボーンに慌てて立ち上がると、すぐに鍵のかかった窓を開いた。
冗談が冗談にならないから恐ろしい。

「で?何だよ。何でわざわざここで告白劇したんだよ?」

告白の返事を聞くとはなしに聞いてしまったオレは、窓の外から身体を乗り出すようにこちらを見上げるリボーンをジッと見下ろした。
いつもとは逆のポジションに少しだけドキドキする。

「なんだ?ヤキモチか?」

「まさか。いつも言ってるだろ、オレは女の子がいいの!男は御免なんだよ!」

まごうことなき本心だった。誰だって男なら可愛い女の子がいいに決まっている。
少なくとも、自分より10cmは上にある顔を見上げなければならない男よりは。

リボーンは担任ではないが、自分のクラスを受け持っている数学教師で話の通り男である。
色々な教科が壊滅的だが、とりわけ数学がダメでリボーンにはそれを見抜かれていたから中間テスト前にも関わらず居残りの毎日だ。
出逢ってまだ1ヶ月足らずだというのに、迫られて脅されて何故か付き合う羽目になっていた。
別段可愛くもなければ綺麗だという容姿でもなく、ギョロリと目ばかり大きい自分のどこがよかったのかリボーンの気が知れない。
総じて変わり者なんだろうと納得したが、今日のアレは頂けない。

フイっと横を向いて不快感を示したが、下からの視線は一向に外れる気配もない。
一人で怒っているのもバカバカしくなって一つため息を吐くとまた顔を戻した。

「リボーンはさ、オレが嫌がるから楽しいんじゃないの?」

どこをどう探しても自分が先ほどの女の子より勝っている部分の欠片さえ見当たらなくてつい零れた。
卑下する訳じゃないが、それは真実だと思う。やっぱり女の子はそれだけで得だ。
まともな返事なんて期待しちゃいないが、それでもなんと返ってくるのかと黒い瞳を見詰めているとその下の薄い唇がニィと横に歪んだ。

「だったら言ってみりゃいいじゃねぇか。さっきの台詞を、ツナが」

「オレが?さっきのって、」

まさかと目を瞠ると見透かしたように軽く顎を引いて頷かれる。
気付いたら付き合っていた自分は、一度としてリボーンにそんなことを言ったことなどない。
そもそもその感情があるのかさえ分からないのだから言える筈もなかった。
冗談じゃないと思うのに、期待するように覗き込まれてまるで背中を押されたように口からついて出た。

「すき、……って、ナシナシナシっ!」

自分の言葉に死ぬほど照れて、顔を隠すように窓のさんについていた手の上に突っ伏した。
耳まで赤くなっていることに気付いても逃げようもなくて窓にしがみ付いた。

「なしなのか?」

ないと言い切るには気持ちが邪魔をする。だけどそうだとも返事が出来ずに唸っていれば、リボーンが窓の向こうから身体を乗り出して顔を近づけてきた。

「ツナ」

だってこんなのは困る。困るんだと頭の中で叫ぶ。
自分ばっかり本気になって、ただの遊びでしたなんて言われたら堪えられない。
だからどうにも思ってないんだと自分に言い聞かせていたのに、どうしてこんな酷いことを強要するのだろう。
ぎゅっと下唇を噛んで返事を拒めば、リボーンは耳元に口を寄せて呟いた。

「返事はいらねぇのか?」

「っっ!」

欲しいと言えずに言葉に詰る。

「顔を上げたら答えてやるぞ」

期待と不安と、それからいいように事を運ばれている悔しさが混ざり合って情けない顔を恐る恐る上げる。
するとそこにはいつもの人を小馬鹿にした表情はなくて、妙に真面目な顔があった。

「ツナはオレに好かれるのは嫌なのか?」

「イヤっていうか、困る」

冗談だったらオレだけ真剣になるのはバカみたいだし、かといって本気でも自分には持て余すことは分かっているから。
どんな返事を貰っても困るんだと目で訴えると、リボーンはいつもきちんと整えられている髪の中に手を突っ込んで掻き毟った。

「ガキ」

「センセイの半分しか生きてないんだからガキだよ」

進みたいけど進めない。そんな自分を揶揄されても、そう返すしかなかった。
男だし、子供だし、はっきりしない性格も面倒だと思われているのは確かだ。
嫌われていないかとリボーンの顔を伺うと鼻先にため息を落とされて頬を抓られた。

「いたっ!」

「この年になって、こんなガキくせぇ恋愛をするとは思わなかったぞ」

「バッ、恥ずかしいな!もう!」

何恥ずかしげもなく言ってくれちゃってるんだと声を上げれば、少しほつれた黒い髪がリボーンの額にかかって、それを指で摘むと押し上げた。

「オレとしちゃ、ここで事に及ぶのもやぶさかじゃねぇぞ?」

「ケダモノ!変態!」

「…その口塞いでやろうか?」

慌てて逃げ出そうとした腕を掴まれてギャア!と叫んだ唇をベロリと舐め取られた。


おわり



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