リボツナ4 | ナノ



12年後・前




年が明けて仕事が始まれば新年で浮かれていた気持ちもすぐに消し飛んでいく。
出来のよろしくないなりに、どうにか入社した会社ではすでに春の商品を通り越して夏の商談を始めていた。
先方との兼ね合いがつかずに難航していた話に、自社からの新製品が加わってどうにか判を押してもらうまでに漕ぎ付けたのは自分の成果というより企画課の成果だろう。
それでも一つ大きな話を纏めきったオレは、久しぶりの休日を寝て過ごそうと楽しみにしていたのだ。
決して、そう決してこんなことをするために3連休を取った訳じゃない。



中学から「お付き合い」しているリボーンとは、切っても切れない縁というより切らせて貰えない縁とでもいえばいいのだろうか。
義務教育の中学どころか高校、大学とオレの頑張れる範囲で死ぬほどしごいてくれたリボーンはあくまでオレと同じ学び舎を選びそして会社まで一緒だった。
危なっかしくて一人にしておけねぇと言われたが、いま一つ意味が分からない。常識知らずのオレ様主義に言われたくないと思う。
そんなリボーンだったが会社という場所は仕事が出来たもん勝ちで、そこにコネが加われば鬼に金棒と言うヤツだ。
オレと違い出世街道まっしぐらなリボーンだが、プライベートはといえばそこまでオレと一緒だった。
表向きは同居、しかし実際は同棲。
つまり中学のあの一件以来そういう関係を続けている。今では遺憾であるなどとは言えないところが情けない。

やっともぎ取った有給でさて今日は何をしようかと会社に出勤するリボーンの背中を見詰めながら、脱ぎかけだったワイシャツのボタンを外していると目の前のシーツの上に何やら黒いものが放り投げられてきた。
随分と張りのあるサテンのような生地のそれに思わず興味が惹かれて手を伸ばしてから後悔した。

「…これ、何?」

「見て分かんねぇのか。燕尾のベストにレオタード、カフスと網タイツじゃなくあえて黒いパンストにしたところがイイと思わねぇか?」

「どっこもよくないよ!?ってか、誰が着るんだよっ!」


「お前に決まってんだろ。つい一週間前に約束したよなぁ?何でもすると」

変態だ。女の人に着せるのもどうかと思うが、男のオレに着せようなんてこいつはマジもんの変態だ。
しかし哀しいかな約束は覚えているオレは、視線を横に逸らしながらもしどろもどろに抵抗する。

「…言ったかな」

年末から年始にかけて立て込んでいた仕事の中、リボーンにお願いしたのは新製品のプレゼンの推敲で、推敲というよりほぼすべて手直ししてあったそれのお陰で今日の休みがあるのだから覚えていないなんて言える筈もない。
レオタードについている白い兎の尾っぽの飾りをもてあそびながら、蛇に睨まれたカエルのように脂汗を流しているとぐいっと顎を掴まれて視線を無理矢理重ねさせられた。

「いいか、これはお願いじゃねぇ。労働に対する正当な対価を要求しているんだぞ」

「うううっ…」

こうしてやっともぎ取った休日をリボーンに潰されることもよくある話だった。









午後には半休を取って帰ってくると言い残し、リボーンはいつものようにきちんとネクタイを締めると何事もなかったかのように出勤していった。
残されたのはねっちょりディープなキスのお陰で腫れたように熱を持った唇と悪戯な手によって下着すらも取り払われた姿でベッドの上に横たわるオレだけだ。
帰ってくるまでに着ているんだぞと(リボーン曰く)余計な服は金庫の中に押し込められてしまっていて、残っているのはリボーンの服と手元に転がるバニーガールの服だけという始末に泣きたくなる。
いっそリボーンのシャツを羽織ってやろうかと反発心が芽生えたが、よくよく思い出してみればその格好で寝かせて貰えなかったことがあったのだと気付いてすぐに却下した。
このまま裸でベッドに包まっていても同じだろう。
あいつに頼み事をしたオレが悪いのかと後悔に苛まれながらも、ふと目の前のそれに視線をやった。
ウサ耳のヘアバンド、燕尾のベストに蝶ネクタイ、カフスにレオタードときて黒いパンストとピンヒールがベッドの下に隠れている。
こんなもんオレが身につけても楽しくも何ともないんじゃないのかと思いながら、それでもパンストに手を伸ばすと外袋の説明書きに目を落としてギョっとした。

「下着は、着用しないで下さい…?」

慌てて外袋を剥いで取り出したそれは下着のように前と後ろを隠すためにかわずかに濃い色をしていた。
冗談じゃないと焦りながらも、その横にあるレオタードを広げてみて納得する。

「これ…本気でオレに着せようっていうのかよ」

ハイレグまでもいかないが、それでも際どい足繰りのレオタードを着るにはやはり下着は履けないことがよく分かって顔が引き攣った。
本物の変態だと思いながらその横に置いてあった封筒はなんだろうと好奇心に負けて中を覗いて眩暈を覚えた。
中から現れたのはピンク色の可愛い剃刀と一枚の紙が添えられていて、そこに書かれていた内容に卒倒しそうになる。

「剃るって…ッ!」

懇切丁寧なイラストつきでの解説に本気で逃げ出したくなる。だけど洋服はおろか下着も靴も、そしてお金さえ取り上げていったのだ。リボーンは鬼だ。いや、これをリボーンに手渡した存在が鬼なのか。
誰だろうと封筒の裏を見てひっ!と声が漏れた。

「どうして、京子ちゃんが…」

いくら遠い過去の話とはいえ、初恋の彼女からの初めての手紙がこれでは救われない。リボーンとこんな関係になったのも、思えば12年前のウサ耳事件が発端だったと懐かしむことも出来ないオレはどこまで哀れなのか。
そういえばオレは仕事の都合がつかなくて欠席したが、今年の初めに同窓会があったことを思い出して納得がいった。
そう今年も兎年だったと。

必死で意識を余所へと向けていたオレだったが、時間は刻一刻と過ぎていく。
短い針が11を差していることを確認したオレは、最近では親友になってしまった「諦め」という名のそれを胸にベッドから立ち上がった。
嫌がる腕をどうにか宥めてパンストとレオタードを合わせて自分のそこに宛がってため息が漏れる。

「…どうしても剃らきゃはみ出るよな?」

確かめるように漏れた声に自分で辟易した。
分かっているのだ。これを渡された時点で他に逃げ道など用意されていないことを。
手にしていたそれをベッドの上に叩きつけると、代わりに剃刀を握ってバスルームへと向かった。





12時を過ぎた時計の針がカチコチと秒針を動かして時を刻んでいく。その音を耳にしながらテレビすらもつけられずにソファの上で足を抱えて小さく座っていた。
見たくもない自分の足には肌色がわずかに透けるストッキングの黒い色が見える。それだけではなく踵から尻にかけて後ろに真っ直ぐ伸びる黒いラインが目に入ってしまい羞恥で唇を噛み締めた。

ソファの上に乗せた足はまだハイヒールを履いてはいなかった。リボーンが帰ってきたら履けばいいと思いつつ、本気でこの格好を晒さなければならないことに絶望する。
仕事で帰ってこれなければいいと思うのに、帰ってこなければ来ないでいつ帰ってくるのかとビクビクと怯えなければならない。
開き直ってしまえればどれだけ楽だろう。
しかし、どうしてもそれは出来そうにもなかった。

玄関の向こうから物音が聞こえて、自分以外の気配に身体が強張る。テレビも電気も消して人の気配を絶っている状況だが、リボーンではなかったらどうしようかと思ったからだ。
少しの物音の後、ガチャンと開錠する音とともにこちらに向かってくる気配がしてリボーンだと知れた。
よかったのか、それとも悪かったのか。
リビングの扉を開けた音を背後に聞いて、丸めていた背中を益々縮こませ顔を膝の間に埋めながら声を掛けた。

「お、おかえりっ!」

自分の声が上擦ってしまったことに腹を立てていれば、背後からの気配が伸し掛かるように項にかかって背中がしなった。

「ちゃんと着てるじゃねぇか…えらいぞ」

辿るように視線が肩から腕、そして足へと落ちていく。恥ずかしさに抱えていた膝をもっと強く抱えるとリボーンの手がカフスを嵌めている手首を掴んだ。

「立ってみろ」

「ッ!」

そう言われる覚悟はしていたが、だからといってはいそうですかと素直に立てる訳もない。俯いたままつま先に力を入れて固まっていると、リボーンの手がもう片方の腕を引っ張り上げた。

「胸元がずり下がってくぞ」

「うわわ…!」

女の人と違って膨らみなどない胸は肩紐のないレオタードを止めておく力などない。薄い胸板と貧相な腰周りを辛うじて包んでいるそれが両腕を掴み上げられたせいで下へと落ち始めていた。
リボーンから手をもぎ取ってどうにか上に引き戻すと、それを見ていたリボーンはその下に視線を落としながら笑う。

「綺麗に収まってるじゃねぇか」

どことは言わない卑猥な視線に慌てて股間を手で隠せば、余計にクツクツと声を上げて笑われた。
笑うぐらいならこんな格好をさせなきゃいいのに悪趣味だ。
頭にきて立ち上がったオレの背中からヒュウと口笛が聞こえて驚いて振り返ると、燕尾のベストを持ち上げたリボーンがそれはもうイイ表情でニヤついていた。

「お前自分の後ろは見たか?」

何のことだか分からずに少し小首を傾げていればリボーンの指がツッ…とパンストの黒いラインを辿る。肌の上をパンスト越しに触られて、それが意外と気持ちよくて顔が赤らんだ。

「やっ」

逃げるために足を踏み出そうとして置いてあったハイヒールに躓く。床に転がったオレはすぐに立ち上がろうと手をつくも後ろからの舐めるような視線に身体が動かなくなった。

「見るな、バカ!」

「そんなポーズで粋がっても誘ってんのかと思うぐらいだぞ」

「さそ、」

二の句が継げない。それでもどうにか床にしゃがんで燕尾のベストで尻を隠すと、ゆっくりと近付いてきたリボーンはおもむろにカシャリとケータイで座るオレの姿を収めた。

「ちょ、本当に止めろよ!こんな格好のオレを撮ってどうする気なんだ!」

冗談じゃないとリボーンに手を伸ばすと、そのポーズさえ撮られて慌ててしゃがみ込んだ。待ち受けにするなんて言ったらケータイに磁石を置いて壊してやろうと目論んでいると、リボーンは指をするすると動かして最後に一度ボタンを押した。

「今、京子に送信した」

「って、なんでッ!」

あり得ない返事に絶叫を上げるオレを尻目に、手にしていたケータイをポイとソファの向こうに放ってから燕尾のベストの合わせに手を入れてきた。

「ひぇぇ!」

「このバニーは京子から貰ったんだ。見たいっつてたからお礼代わりに送っただけだぞ?それともこれからのお前を撮った方がよかったのか?」

含みのある言葉に反射で首を横に振る。だって顔が怖い。
逃げ腰のオレを笑うなら笑え。
涙目になりつつもリボーンの手から少しでも遠くにいこうと尻を後ろにずらしていれば、ベストの中の手が的確に胸の先を摘んだ。
いとも容易く反応していくそこを優しく転がされて自分でもはっきりわかるぐらいに尖りはじめた。

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