おまけ1.「今日はリボーンさん、来られるんですか?」 そう突然アルバイトの子に声を掛けられて、手にしていた鉢植えが台の上に転がった。足元に落ちなかっただけ儲けものだったと息を吐き出しながら、恐々アルバイトの子を横目で眺めれば夢見心地の表情で指を組んでいた。 「あんなに格好いい人テレビの中だけだと思ってました。もうっ!店長がリボーンさんと同級生のお陰で6日間も毎日顔が見れるんですよ。店長様様です!」 リアリストを地で行くタイプの子だと思っていただけに、こうしてリボーンの外見と外面のよさにコロリと騙されてしまう様が哀れだと思う。女の子という生き物はそういうところが多分にあるのだろうか。可愛いといえば可愛いのかもしれない。 内心の冷や汗を隠しながら、転がってしまった鉢に土を戻していれば丁度いいタイミングでお客さんがやってきて会話が流れた。 今日は12月31日、大晦日と言われる日だ。 店の営業時間も少し早めに18時には終了となる。時計を見上げてあと15分ぐらいだなと思ったところで、お正月飾りを買い求めにきたお客さんが帰られてそれにお礼を告げると、入れ違いで入ってくる人影があった。 「この商店街はもうどこも店じまいなのか?向かいの銭湯から客が追い出されてたぞ」 そう言って扉を開けたのはリボーンだった。 温かそうなカシミアのコートから覗くグレーのマフラーを首から抜き取りながら顔を上げると、アルバイトがキャア!と悲鳴を上げた。 「いらっしゃいませ!そうなんですよう!ここらは年末の店じまいが早くて…あの、私暇です!」 「そうか、友だちと年越しも楽しい年頃だな。…ここは相変わらずか」 にじり寄るアルバイトの秋波をかわすと、顔を上げられずに固まっているオレの隣までリボーンは近付いてきた。 「今日も残りを全部だ」 「わ、分かった…」 どもりながらも返事をするオレに、ニヤニヤと性質の悪い笑みを浮かべたままここ6日間の指定席にもなっているブーケを作る時用の椅子に腰掛けて長い足をこれ見よがしに組んだ。 あれから毎日うちの店の生花の残りを買っていくリボーンとは、あの日以来夜を共にしたことはない。なにせ25日はクリスマスとお正月飾りが売れる稼ぎ時だったにもかかわらず、普段使わない場所が痛くて仕事にならなかったからだ。 だから花を買っていってくれる今だけがリボーンと過ごせる時間だった。 残りの花をかき集めて適当に括ってから包装紙に包むと、こちらをじっと見詰めているリボーンにチラリと視線だけを向ける。 「毎日、毎日…こんなに買って大丈夫かよ?」 稼ぎがいいのは1ヶ月もホテルに泊まれることで分かってはいても、生花というのは結構いい値段なのだ。こう毎日では財布の中身が心配になる。ついそう訊ねれば、アルバイトがめげずに話しに割り込んできた。 「そうですよ!お手入れしてるんですか?それとも贈る相手がいるとか…?」 そこに気付かなかったオレは俯いていた顔を慌てて上げた。 「いいや。翌日、会社に持っていっているだけだ」 「そうなんですか!だったら今日の分はどうされるんですか?31日、元旦はお休みとか言っていましたよね」 リボーンの答えに肩の力が抜けたところをそう切り替えされて、そういえばそうだとリボーンを窺う。するとオレを見ていた顔がニヤリと笑った。 「そうだな…まあ2日には持っていくさ」 「なっ!」 冗談じゃない。手入れもされずに2日も放置されるなんて枯れるに決まっている。 慌てて詰め寄ろうとするオレよりも先に、アルバイトの子がリボーンの前に回りこんで言い募る。 「ダメですよっ!よければ私がお手入れしにホテルまで行きます!」 下心ありありの言葉にもリボーンは表情も変えずに黙り込んだ。そんな態度に我慢しきれず手にしていた切花を抱えて間に割り込む。 「はい、もう時間。ご苦労さまでした!花はオレが見にいくから。女の子がホイホイ着いていっちゃダメだろ!」 「そんな…店長、横暴ですよ!」 「君のためです!はい、今年も一年お疲れ様でした!」 引き剥がす勢いでアルバイトの背中を押すと、リボーンに花束を押し付けてからほぼ終わっていた片付けを適当にして電気を消す。 リボーンの肩が震えていることに気付いたが、それを無視して不満を漏らすアルバイトの子に手を振ると丁度道の向こうに止まっていたタクシーへと乗り込んだ。 行き先は勿論リボーンの借りているホテルで、それを告げた途端隣から抑え切れない笑い声が漏れる。 「くくくっ…!恥ずかしいから嫌だったんじゃねぇのか」 「うるさいな!しょうがないだろ?!」 あくまで花のためだと言い張るオレに口許を緩めたまま、リボーンは花束の中のデンファレに口付けた。その姿の気障ったらしい姿に辟易もできなかったオレは顔を赤らめて唇を噛む。 恥ずかしさとほんの少しの悔しさにすぐに顔を逸らしたオレの横では、ホテルに着くまでの間、低い笑い声がタクシーに響いていた。 5日ぶりのそこに足を踏み入れて、見るとはなしに視界に入ってきた床を見て顔が熱を持ち始めた。 我慢できずにそこで求め合ったことを思い出して固まったオレの腰を抱えたリボーンは、手にしていた花束をオレに手渡してぐいっと顔を近づけてきた。 「面倒、見てくれるんだろう?」 「も、勿論!」 含みを持たせた言葉に気付くことなく頷くと、店の飾る用の花瓶を抱えなおしてギクシャクした足取りのまま流しへと逃げ出した。 どこもかしこも広い室内はバスルームと脱衣所、トイレもすべてゆとりの間取りで、飾る場所には困らないなと確認しながらも花を花瓶の高さに合わせて切っていく。するとそれを後ろから眺める視線が身体に纏わり付いてきた。 「なんだよ」 残り物だけあってバランスの取り辛い花を色彩で魅せようと苦心していれば、手元に影が落ちて作業効率が下がる。 ムッとしながら顔を上げると後ろから伸びた手がオレの顎と身体を固定した。 「今日、オレが来なけりゃどうしてた?」 「…」 普通に家で紅白を見て、蕎麦をすすっていたとは言い出し難い雰囲気に視線を逸らしかけるとゾロリと耳裏を舐められて身体が震える。 後ろから周される手に力が入り、固定され振ることも出来ない項に息がかかって声が漏れた。 「ふっ、」 「そんなに嫌だったのか?」 「ちが…っ!」 否定しようとして羞恥で言葉が詰る。 項を行き来する息遣いと焼けてしまいそうな視線にぎゅっと目を閉じたオレは、手にしていた鋏を置いて花を花瓶に放るとその縁に指を滑らせて握り締めた。 「あんなにイイ声を上げてたじゃねぇか」 「馬鹿!そういうこと言うから…」 耳朶を食んでいた唇が掻き分けるように首筋を下ると鎖骨へと落ちた。 「オレは花より下っていう訳か」 ぼそりと呟かれて花瓶を掴んでいた指を離すと、リボーンの手を剥がしてから後ろに顔を向けた。 「花と比べたことなんかないよっ。本当はさっきのアレもやきもちだった…ごめん」 羞恥に堪えてそう告げれば突然肩を掴まれて引き倒された。 . |