リボツナ4 | ナノ



1.




彩り溢れる街並みを歩きながら、通りすぎていく小学生の集団を横目にして思わず立ち止まった。
カラフルなランドセルに紛れて黒い何の変哲もないそれに視線を奪われる。
そういえば中学に上がる前にイタリアに越していった同級生も、ランドセルどころか着ている服まで黒かったなとふと思い出す。なのに手袋やマフラーなどの小物ははっきりとした原色ばかりで、それが恐ろしく似合っていた。
まあ日本人ではなかったのだからあんな色使いも似合ったのだろう。自分のようなどこをどう見ても日本人然とした顔ではそうもいかない。
10数年ぶりに思い出した初恋相手の人を食ったような笑い顔がすぐに浮かんで、そんな自分に少しびっくりした。

「今、いい男になってるんだろうなぁ…」

それは間違いないと確信しながら、商店街の立ち退きの説明を聞くために商工会へと足を運んだ。








何もこんな年の瀬に立ち退きなどと言い出さなくてもいいのにと思いながら、見知った顔ばかりが揃う2階立ての商工会の会議室へと顔を出す。
小さな町の小さな商工会ながらも、立て替えたばかりのそこは意外に綺麗だ。こんな場所に用事はなかったオレは初めて足を踏み入れたそこを興味深げにキョロキョロ見回していると横から声が掛かった。

「ツナちゃん、こっちこっち!」

「あ…オバちゃん、店番はいいの?」

「いいも悪いもないじゃない!本当に突然で…どうしたらいいんだろうねえ」

「…」

ここにいる誰もがそう思っている筈だ。自分もあまりに突然借地の返還を求められどう返事をすればいいのか決め兼ねていた。
借りている土地ということは返さなければならないということは勿論知っている。だけどそれは契約の期間が過ぎてからの話で、また数年先のそれを遠い話のように考えていただけに驚きもひとしおだ。
困惑顔のオバちゃんはこの町で古くから営業している銭湯の番台さんで、その横にムッと眉を寄せて座っているのは隣の新聞屋さん。そしてオレはといえば、道向かいのしがない花屋でそんなオレたちと似たような面々が揃っている。
駅前から少し離れた商店街のせいで開発から取り残されていたオレたちは、それでも古くからのお客さんが利用してくれるお陰でどうにか潰れずにこの不況を乗り切っていた。

「そういえば、門屋のおばあちゃんは?」

「あそこは…ほら、もう年だから」

息子さんのお嫁さんとの折り合いが悪いとかで、店を畳む畳まないと揉めていたことを思い出して無言になる。きっとこの話を聞いたお嫁さんがこれ幸いと話を進めてしまったのだろう。
昔は子供で賑わっていた駄菓子屋兼たばこや日用品を売っていた門屋だったが、昨今のコンビニの乱立でその意義が失われつつあった。
重いため息を吐き出しながら前に座っている酒屋のオジさんに目を向けると、ギクリと肩を震わせてオレから視線を逸らした。

「…あそこも出て行くみたいだね」

それは裏切りとかではないのに、人には事情があってそれを分かるからこそやりきれない。
隣を窺えば、やはり悩んでいるオバちゃんの顔が見えた。

「そういえば、何を作るつもりなんだろ」

「いやだ、知らなかったのかい。マンションとか言ってたよ」

マンションかあ…と呟いたところで複数の足音とともに扉が開かれた。スーツ姿の30〜40代くらいのいかにもといった風貌の中に頭一つ分飛び抜けて大きい身体を見つけて息が止まる。
オレの視界の先で男はクルンとした揉み上げを弄ると、面白くもなさそうに肩を竦めて隣のサラリーマンに何事かを呟いてから長い睫毛を上げてこちらに顔を合わせた。

「今日は突然の説明会にお集まり頂きありがとうございます。今からみなさんに我々の計画をお話した上で今後について説明させて頂きたいと思います」

そう歌詞を謳いあげるように響いた声は小学生時代とはまったく違う低い艶のあるそれで、こちらを見上げる顔も大人の男の表情をしていた。
相変わらず黒が好きなのか、黒いスーツを着た初恋の相手との突然の再会にただ呆然とするしかなかった。







借地権を有していた地主から買い取ったという利権を元に代替地への移転または撤去を迫ってきた。
そこに住む人を追い出すことはいくら借地とはいえ出来ないが、オレたち以外の店が立ち退くことを決めている状況では出来ることは限られている。
もう辞め時かねえというオバちゃんを宥めて銭湯まで送ると、新聞屋のオジさんが白髪交じりの頭を掻いて首を振った。

「インターネットだ、携帯電話だと世の中は確実に変わってきてんだ。オレたちも変わる時なのかもしれねえな。ツナ坊も考えてみろや」

あまりに重い言葉に返事も出来ずに立ち尽くしていると、プルル…と携帯の呼び出し音が聞こえてきた。
それを聞いたオジさんはまたなと言って新聞屋へと戻っていく。その背中を見たオレは、小さい時には大きかった背中がいつの間にか小さくなっていたことに気付いて胸をつかれた。
経験もなく、ただ祖父から継いだ花屋を守っていただけのオレに何が言えるのだろうか。
暗澹とした気分でしつこく鳴り続ける携帯をズボンのポケットから取り出すと、見たことの無い番号が表示されていた。

「もしもし…?」

間違い電話かと思いながら通話ボタンを押せば、先ほどまで立石に水の勢いで商店街の再建計画を読み上げていた声が耳元から響いてきた。






何事に対しても鈍いというか遅かったオレは、それが初恋だったと気付いたことも遅かった。何せ相手がイタリアへ帰国して半年立ってからだったのだから相当だと思う。
小学生の2学期の終業は大抵クリスマス前後と決まっていて、その日はたまたまクリスマスイブが終業式だった。
いつもなら彼の周りには女の子たちがはべっていてオレなんかが傍に近寄れないのに、その日は何故かオレと彼だけの下校だった。
気の利いた話なんか出来る訳もなく、共通の話題もなかったオレは話しかけるきっかけすら掴めずにトボトボと彼の後ろを歩いていた。

「オイ、ダメツナ。お前クリスマスに何が欲しいんだ?」

そう唐突に声を掛けられて返答に詰る。オレの欲しいものなんて聞いてどうするつもりなんだと思いながら母さんに強請ったゲームのソフトを羅列していくとお子様だと鼻で笑われた。

「なんだよ…ならリボーンは何が欲しいんだよ?」

ムウと口を尖らせて少し上にある瞳を見返すと、少し考えたように視線を彷徨わせてからオレの腕を掴んで引き寄せた。

「そうだな、オレは好きな奴とずっと一緒にいられればいいぞ」

「ふ、ふーん…」

妙に近い顔にドキドキしながらやっぱりマセてるなあと感心してその場を後にした。丁度角で会った母さんが買い物から帰って来たところで、大きな箱を抱える姿にクリスマスイブの夕食に意識が向いてしまったからだ。小学生なんてそんなものだろう。
その翌年の夏に彼はイタリアへ帰国してしまい、それを思い出したのは一年経ったクリスマスイブで。
そういえば、あいつにも好きな奴がいたんだなと気付いて胸がぎゅうと締め付けられ苦しくなった自分に驚いた。
好きだと気付いた時には相手がいなかったなんて自分らしい初恋だったと笑いながら、次の年の春に2度目の恋に落ちたオレはやっぱり今でも独り身で細々と日々を過ごしている。





電話で呼び出された駅ひとつ向こうの大きな街のホテルのラウンジに辿り着くと、呼び出した相手はすぐにオレを見つけて行き先を塞ぐように立ちはだかっていた女性の手からするりと抜けてこちらに歩いてきた。
いかにも手馴れたその様子にいつものことなのかと感心こそすれ、妬ましいとすら思わない。
そういえば小学校の頃からその手の事柄には慣れていたなと遠い記憶が蘇る。バレンタインのあの壮絶な女子の戦いは恐怖ですらあったが。
ぼんやりと自分に向かってくる相手の顔を見ていれば、仮面を被っていたように無表情だった瞳が色を増してニヤリと覚えのあるものへと変わった。覚えてくれていたことに喜ぶべきか、それとも驚くべきかオレには分からない。
目の前に立ったリボーンはオレより頭ひとつ分半は大きくて、そして随分と大人の男といった雰囲気を纏っていた。比べるだけムダだが、いまだに高校生と間違えられる自分とは大違いだ。
お互いの立ち位置の違いに思わず視線を逸らすとぐいっと肩を掴まれてその場から連れて行かれる。挨拶も何もなく突然歩き出したリボーンに逃げようと肘を入れても、堪えた様子もなくその腕も取られてエレベーターに押し込まれた。

「ちょ、おい!どこに行くんだよ!」

「邪魔の入らない場所だぞ。あの商店街を纏めるまでここで寝起きしてる。それとも2人きりになるのが怖いのか?」

「なっ…!バカにするな!」

挑発するように笑われて売り言葉に買い言葉で返事をしてしまう。それを聞いたリボーンはしてやったりといった表情を浮かべた。

「その言葉、忘れんじゃねぇぞ」

嫌な予感に後ろ髪を引かれながらも、後には引けないオレは顔を上げて睨み付けると手を掴まれたままリボーンに腕を引かれて連れていかれる。
長い廊下を歩いた先にあるドアの先に促されて足を踏み入れればそこにはソファとテーブルしかなくて、どういう部屋なんだと思わず興味が先に立ち奥まで覗き込むと仕切りの向こうに寝室が見えてあまりの広さに驚く。
そんなオレの背後から突然腕が伸びて、ドンと背中を押されたオレはベッドの上に転がり込んだ。

「いっっ…!」

「昔のよしみだ。付き合ってくれるだろう?」

鼻を打った痛さに文句を言おうと振り返ると、ワイン瓶とグラスを手にしたリボーンがベッドサイドに腰掛けてニヤニヤと笑っていた。
悪いなんて思ってもいない顔のどこか切羽詰った影を見付けて違和感を感じたが、今のこいつを知らないオレにはそれを指摘することも出来ない。
まるでオレがアルコールに弱いことを知っているかのような顔に飲めないとは言いたくなくなって、おかしいとは思いながらもぐっと奥歯を噛み締めながら頷いた。

「いいよ、それくらい」

オレの返事を聞いたリボーンがうっそりと笑った表情が何を意味していたのか知るのは翌朝になってからだった。


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