2.隣に越してきた真っ黒尽くめの親子は、それ以来世話好きな母さんが声を掛けるせいでやたらとウチに上がりこんでいた。 と、言ってもおじさんの方は仕事が忙しいらしくもっぱらリボーンだけが居間やオレの部屋に転がり込んでいる。 何か事情でもあるのかリボーンは幼稚園にも保育園にも通っていないらしい。 だから母さんは余計に心配なのかオレが小学校から帰ると、リボーンを呼びに行きなさいとオレをダシにしてリボーンを連れてこさせるのだ。 リボーンにバラされた通り勉強はまったくダメなオレだが、運動神経も皆無なせいで友だちらしい友だちもいない。 どうせあぶれているのだ。暇だからいいかと、今日もリボーンの家のチャイムを押した。 「リボーン!今日のおやつはポップコーンだって!」 インターフォンというものの存在すら知らなかったオレは、大声を張り上げてはおやつでリボーンを誘う。 するといつも渋々といった顔で玄関扉を開けてしょうがねぇなと言いながらオレの前を歩いていく…筈だった。 一回目のチャイムから数分が経過しても扉の向こうから物音一つしない。 おじさんの用意について行く時には母さんに一言あるのにおかしいと思いながらももう一度チャイムを鳴らすとドアフォン越しにガラガラ声が聞こえてきた。 『うっせぇぞ、ダメツナ』 「へ…?あれ、どこから声が聞こえてるんだろう」 口調からしてリボーンだと分かるのに、電話越しのような遠くからのだみ声にキョロキョロを辺りを見回す。 すると心底疲れたようなため息の後に呻き声が聞こえてきた。 「どうしたの?具合が悪いのかよ?!」 慌てて玄関の扉にしがみつくと予想に反して鍵はかけられていない。 いつもウチにばかり来ているせいで、よく分からない間取りに苦労しながらもリボーンの気配を探して中に足を踏み入れると2階から咳き込む声が聞こえてきた。 物が少ないというより見当たらない展示住宅も真っ青な家の中を駆け上がると薄く開かれた扉の向こうからまた咳が聞こえてきた。 躓きそうになりながらもその部屋のドアノブに手をかけて押し入ると、着替えをしようとしていたのかパジャマを上だけ脱いだ格好でベッドに頭をつけるように凭れかかっているリボーンを見つけた。 「リボーン!?」 「…落ち着きのねぇ奴だな。もう少し待っとけ。すぐに着替えて行くぞ」 「って、どこに?そんなことより寝てろよ。風邪だろ!」 明らかに喉をやられている癖に、それでもまだ着替えようと手を伸ばしているリボーンの肩に、床に落ちていたパジャマをそっと掛ける。 いつものごとく投げられるだろうことを覚悟しながらだったが、今日はそんな気力もないらしい。 そんなことは初めてだったからオレはリボーンが本当に酷いのだとやっと理解できた。 「いしゃ…医者呼んで来る!」 スクっと勢いよく立ち上がったオレの足首にリボーンの手が伸びて思い切り引き払われた。 ドスンと顔から転がったオレを無視してグイとズボンの裾を引っ張ると頭を横に振っていた。 「でも熱ありそうだよ?」 「いらねぇ…こんなのは一晩経てばすぐに治るんだ。医者なんかいらねぇぞ」 それだけ言うとコテンと頭をベッドに押し付けて大人しくなってしまったリボーンの顔を覗き込む。 「…寝てる?」 気を失うように眠りに落ちたリボーンを確かめてから、どうにかベッドの上に押し上げると隣の自分のウチへと駆け戻っていった。 夜の足音が隣から聞こえてくる。 そのうち母さんがオレの夕飯とリボーンのお粥と薬を持ってきてくれるだろう。 どうせ宿題なんてやっても分からないことだらけなのだ。やるだけムダだと開き直ってリボーンの眠るベッドの横に座り込んで様子を窺っていた。 母さんが持たせてくれた加湿器のお陰かリボーンの息が少し落ち着いたようにも感じる。 氷嚢だと冷たすぎるのか嫌がるリボーンの額には濡らしたタオルがあってそれをまた取り替えていると、長い睫毛が揺れてその奥からゆっくりと黒い瞳が表れた。 「どうし…」 いつものリボーンの声とは思えないガラガラ声に自分で驚いた様子のリボーンを覗き込みながらシーっと唇に指を押し当てて黙らせる。 「言ってた通り風邪だって。でも39℃もあったんだぞ。そういう時は母さんかオレに言えよ。一人で我慢してないでさ」 インフルエンザじゃなくてよかったなと笑ってタオルを替えてやると、リボーンは数度瞬きを繰り返しながらオレの顔をじっと見詰めていた。 「なんだよ…何かついてる?」 「いや、」 それだけ呟くと慌ててリボーンの額から手を離したオレの手首を掴んで引き寄せた。 「リボーン?」 「…少しだけ、いいか?」 「へ?うん…」 手と手を重ねて、指を絡めると落ち着いたように息を吐き出してから声を掛ける間もなくリボーンは眠りに落ちていった。 医者に水分は取らせるようにと言われていたことを思い出したが、この顔を見て起こす気にもなれない。 初めて見る安心したような寝顔と、しっかりと握り締められた手を見詰めて嬉しさに笑みが零れた。 その後、人嫌いのリハビリだと称してやたらとオレに張り付くようになったのはまた別の話だけれど。 . |