リボツナ4 | ナノ






自分以外誰もいない部屋の中、ツナはぼんやりと窓からわずかに見える海を見つめていました。
窓から注がれる光は柔らかく、けれどガラス越しのそれはどこかよそよそしいような気もします。
そう思ってしまう自分にため息を吐いて、窓辺から立ち上がったとたんに小さい弟と義理の母の声が聞こえてきました。
それを囃し立てる様々な声を耳に入れたツナは、どこか痛いような顔になって聞こえなかったふりをして机へと向かいました。


美しい海に面したこのナミモリの国は、さほど広くもなければ困るほど貧しくもないほどほどの国です。
そんなナミモリの国王である父の跡継ぎとして生まれ育ったツナは、次期王としての教育を受けていました。
しかしツナは周囲に自分が王になることなど誰にも望まれていないとよく知っています。
それでもここに居なければならないことも知っているのです。


ツナはあまり勉学は得意ではありません。物覚えが悪いということもありますが、あえてやる気も起こらないのですから頭に入る訳もないのです。無為な日々を送るツナにとって、この第一王子という立場は苦痛以外の何物でもなくけれどそれを放棄する術も持っていませんでした。
こうしてダメな自分を曝け出すことでどうにか消えてしまいたい自分をこの世に引き止めています。
11になったばかりの少年の、唯一の抵抗なのかもしれません。


お付の者すらいない王子の部屋に余所余所しい敬礼をして父の従者がやってきました。

「ツナ様。王のお召しです」

「分かりました。すぐにそちらに向かいます」

今日は先週から不在となってしまったツナの勉学を見るための者を城に呼ぶのだと聞いていました。
先週までツナに教えてくれていた博士は、今は牢屋に繋がれているのでしょう。
ツナの見識を広げるためにと船に乗せ海を見せてくれた博士は、ツナが海に攫われた責任を負って投獄されたと人伝に聞いてしまったのです。
それを耳にしたツナはすぐさま父へ許しを請いましたが、第一王子であるツナを危険に晒した罪をそのままにしておくことは王として、またツナの立場を軽くみられないようにするために不問にすることは出来なかったのです。
涙を流して博士に詫びたツナを知る者など居る筈もなく、益々ツナから人が遠ざかっていきました。
国中の人々は王宮に住む者たちでさえ、見目麗しく聡明な腹違いの弟が次期王になることを望んでいます。頭も悪く、凡庸な容姿しか持ち合わせていない冷たい第一王子になど欠片も期待はしていないのです。
出そうになったため息をグッと飲み込んで顔を上げると、ツナは父の待つ広間へと足を運びました。


ツナの歩く先には人が現れることもありません。
ドジで要領も悪いツナに関わるとどんな些細な失態でも自分の首が危ういことを知っているからです。
生きていることに疲れたツナが荒れ狂う海に身を投げ出した結果が、今までで一番自分を理解してくれた博士への投獄へと繋がってしまったのです。
どこにも救いを見出せなくなったツナは乏しい表情のまま父の前へと辿り着きました。

「遅くなって申し訳ありません。何の御用でしょうか」

「おお、ツナ!可愛い我が子よ!今日は新しくお前に勉学を教える者が見つかったのでな。リボーンとやら、顔を上げい!」

見れば父の隣に蹲るように控えていた人影がありました。
どんな人物だろうと、もう自分には必要ないのだと断るつもりで視線を下げたツナの前で男はゆっくりと立ち上がります。

「口がきけないのだが、知識も容姿も申し分ない男だった故にお前を任せることにした。お前の傍に置いて欲しいというこの男のたっての願いでな」

「え…」

王の言葉に驚いて男の顔を見上げると、男は海の底よりももっと深い色の黒い瞳をツナへと向けて笑い掛けてきました。
もう国中の誰もが自分など見向きもしないと思っていただけに、ツナはそんな人物がいることにびっくりしたのです。
自分だけを見詰める瞳に囚われていると、男は足音もなくツナに近付いてその手を取りました。

「あ、あの」

何をする気だろうかと、されるがままに手を見ていれば男の唇が左手の薬指に触れたのです。
思いの外冷たかった唇にびくりと身体を震わせると、男はツナの手を取ったまま立ち上がります。
初めてみる黒い瞳と黒い髪の男だというのに、どこか懐かしいような気がしてなりません。
見上げなければならないほど高い位置にある顔を見詰めていたツナは、男の後ろから掛かった父の声によってやっと現実に戻ってくることが出来ました。

「これからはそのリボーンにならうんじゃぞ。王となるために」

「しかし…!」

これ以上自分のせいで不幸になる人が増えることを恐れたツナは父へと声を掛けるべく口を開こうとしました。しかしそれを目の前に人物に止められてしまったのです。
長く白い指がツナの唇に触れると、まるで魔法にかかってしまったかのように声が出せなくなりツナはパクパクと口を開閉させますがやはり出ません。
そんなツナの気持ちも知らない王は、やうやうしく男が頭を下げると満足そうに頷いて話を聞くこともありませんでした。

こうしてツナの元に男はやってきたのでした。




それからというもの、リボーンはどこへ行くにもツナの傍から離れることはありません。
勉学から行儀作法、果ては眠るときすら隣にいるのです。
まだ5歳にもならない頃に母を亡くしたツナにとって、こうして何から何まで世話を焼かれることに戸惑いはあっても拒絶する気にはなれません。
それでも、どうしてこんな自分を見てくれるのだろうかと不思議でならないツナはリボーンへと事ある毎に訊ねます。

「リボーンはどこから来たの?」

すると手にしていた紙にサラサラと書き込んでいきます。

「んーと、『海から』?海の近くに住んでたってことか。でもどうしてリボーンはこんなに色々知ってるの?」

この国の博士も舌を巻く博識ぶりにツナが重ねて訊ねれば、またもリボーンの指が文字を綴り、それを読んだツナは声を張り上げました。

「『王族だから』?!!って、ええぇぇえ!!ならどうしてオレなんかの面倒を…あ、そうか。リボーンは波打ち際で転がってたって聞いたから、海の向こうにある国の王子だったとか?帰らないといけないんじゃないの?!」

慌てたツナにリボーンは首を横に振って笑い掛けます。そんなもんなんざどうでもいいんだぞ、という言葉が聞こえた気がして顔を上げるとリボーンが顔を近づけてきていました。
自分とは違う黒い瞳に吸い込まれてしまったかのように動けないツナをよそに、リボーンはどんどん顔を近づけてきます。
これでは唇が触れてしまうんじゃないかとツナがぼんやりとしていると、何かを察知したリボーンがしぶしぶといった様子で顔を上げて後ろを振り返りました。

「どうかしたの?」

リボーンの様子にツナも後ろを振り向くと、丁度のタイミングで部屋の向こうから声が掛かりました。

「リボーン様のご学友と申す者が参られました。近隣のかなり著名な科学者です。お通ししてもよろしいでしょうか」

「…学友?」

海の向こうから来たというリボーンに学友なのいるのかと目を瞠ったツナがリボーンの横顔にチラリと視線をやると、思い当たる人物がいるのかため息を吐いてツナの顔を覗き込んできました。

「いいよ。ここに通して」

リボーンの表情はさも面倒だと言わんばかりに歪められています。けれど何かの事情で会わなければならないと告げていました。
その顔を見たツナは衛兵にそう返事をしました。
ツナは自分の知らないリボーンを知るという人物に興味を持ったのです。

学友という人物を通すために衛兵が部屋から足音が遠ざかっていくと、リボーンはツナの頭を抱き締めてきました。
最初は驚いていたツナでしたが、今では慣れてしまい力を抜いて身体を預けるほどになっています。

「どうしたの?」

ツナにはこうして思い切り誰かに抱き締められた記憶があまりないのです。幼い頃に母親を亡くしたツナにとってリボーンとの抱擁はドキドキするというより、ホッと落ち着くもなのです。
背中に回された腕に頭を乗せて胸に顔を埋めると匂いがします。
母の眠る、そして自分も還りたかった海のそれを吸い込んで目を瞑ると頭の上から顔が近付いてきました。

『  』

どこからか呼ばれた声に慌てて顔を上げると、一瞬だけ何がが過ぎりました。
遠い、遠い思い出の底に眠るそれ。
ゆらゆら揺れる水面と黒い影。
それは一体誰なのでしょう。

定まらない焦点をリボーンに向けていたツナの横から突然声が掛かりました。

「オヤオヤ…これは悪いところに居合わせたかな?」

少しも悪いとは思えないような楽しげな口調で笑う男が不遜な態度で壁に背を預けてツナとリボーンを覗いていました。

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