リボツナ4 | ナノ






深い、深い海の底。
光も届かぬ深淵の、そのまた奥には不思議な海の生き物がたくさん存在しています。
変わった姿をした深海魚に混じり、この広い海を支配している王様がいます。
鯨ですって?いいえ、違います。
上半身は人のように顔があり、長く美しい腕もあるのです。
しかし人間と決定的に異なる姿なのはその下にあります。
水の中をするりとくぐり抜ける後ろ姿には魚のような尾びれがあるのです。
人間たちには人魚と呼ばれる存在です。
そんな人魚たちのなかでもひときわ立派で美しい鱗を持つ者がいました。いつしか他の人魚たちは彼を王と呼ぶようにになったのです。そんな人魚の王には7人の美しい息子と娘がおりました。


七色の鱗を持つ王の子供たちは各々虹の一色をその美しい鱗に持っています。
長男のリボーンは深い闇の中でも黄色に輝く鱗がまるで黄金を纏っているように見える人魚です。
人魚たちは人間の目に触れない場所を棲み処にして、決して水面まで上がることはありません。
人魚たちは自分たちが人間にとって奇異であることを知っているからです。
勿論リボーンもそれをよく知る人魚の一人でした。
しかし、彼の下のそのまた下の弟であるスカルはそうではないようでした。
「オレももう18になりました!危険も承知しています。だからほんの少しでいいんです。【人間】には近付きません、遠くから街を眺めさせて下さい!」
王は驚き、激怒しました。
「ダメだ、ダメだ、ダメだ!そんな危険なことなど許すことは出来ない!」
顔を赤くした王が怒りと哀しみで大きな尾っぽを一振りすると、人魚の宮殿が震えました。
周りを取り囲んでいた魚たちは、あまりの揺れに散り散りに逃げてしまったほどです。
けれどスカルは父である王へと重ねて嘆願します。
「お願いです!オレはただ彼らの作る装飾品が見たいだけなんだ!」
見ればスカルの顔には人間が作ったとおぼしき装飾品が飾りつけられています。
ジャラリと細い鎖で繋がれた耳と唇を目にした王は、紫の鱗を持つ三男に宮殿から出ることを固く禁じたのでした。



それから3日後。
スカルはお付きの人魚を騙すと、とうとう人間の船が行き来する海域までたどり着いたのです。
海面まで出たことなどなかったスカルは、初めて目にする魚たちや海草、そして暖かい光に驚きを隠し切れません。
網膜を焼かれてしまいそうになりながらも、日が沈むまで待つことにしました。
そんなスカルを遠くから眺める影が一つあります。リボーンです。
リボーンは王の目を盗んでスカルが海面に近付くことを予測していました。
何故なら彼もまた人間の作りだした物に興味を惹かれ、こっそり収集していたからです。
しかしスカルと違うのは、リボーンは徹底的に人間を嫌っているという点です。
自分たち人魚とよく似た姿をしていながら、自分たちのように水の中を自在に泳ぐこともできず、かといって鳥のように飛ぶことも出来ない存在を侮蔑していたからです。
そんな彼らに捕まる気もなく、また彼ら自身にはかけらも興味がないリボーンは、打たれ強さしか取り柄のない三男が人間に捕まって宮殿の場所がバレてしまわないかが気になってつけてきたのでした。
いざとなれば人間諸とも…などと恐ろしいことを考えている兄の心も知らず、スカルは夜になるのを待ちました。



波が風に叩かれて音を立てています。
空の上には細い三日月がひっそりと浮かんでいるだけ。それすら突然現れた厚い雲のせいで暗い闇に包まれてしまいました。
それでもスカルたち人魚には十分過ぎる明るさです。深海の闇よりも随分明るい海面に近付いたスカルは、船の音を拾おうと辺りを伺いました。
人間の船がよく通る海域とはいえ、そうそう都合よく船が通るとは限らないのです。
その内、海面から雨が叩きつけられる音と切り裂くような風が波を立て海全体を揺らし始めたのです。
海中にいるスカルとリボーンは、逃げ惑う魚たちをよそに海面を見上げます。
こんな嵐の日に船など来る筈もありません。
これで諦めるだろうとリボーンがその場から立ち去ろうとした時にそれは近付いてきたのです。
波を掻き分ける物体のあまりの大きさに声も出せずに見上げるスカルの紫の髪がゆらりと浮かんだところで、何かが水中に投げ出されてきました。
バシャバシャと水を掻く様子に犬かと眺めていれば、次第に大人しくなっていき、ついには水中へと吸い込まれてきたのです。
よく見れば白いブラウスに黒いタイツのようなものを履いた人間です。
ブクブクと息を海面に吐き出しながらも水中に沈む姿はまだ子供のように見えました。
水を大量に飲んだのかもう動く気配もありません。
リボーンは海にゴミが増えることに眉を顰めていましたが、スカルは人間へと近づいていくではありませんか。
慌ててスカルの後を追えば、スカルは既に人間を抱き抱えて水面へと登っていきます。
「馬鹿野郎!人間なんてすぐに手放せ!」
「なっ…!つけてきたのか?だとしてもオレはこいつを助ける!」
必死に人間を抱えるスカルの姿に違和感を覚えたリボーンは、まさかと自身の予測に頭を振りながらも訊ねました。
「まさか、そいつに何かもらったんじゃねぇだろうな?」
リボーンの言葉にビクリと肩を震わせたスカルは、それでも人間を海面まで上げると、岸を目指して泳ぎだします。
「てめぇ…だったらなおさらそいつは捨てろ。できなきゃ、オレがやってやる」
慌てるスカルの尾びれを掴むと、リボーンは人間に手を掛けます。しかしスカルは、そんなリボーンを睨むと手を振り払って兄から逃げていきました。
「違う!見られてなんかいない!1ヶ月前にもこっそりここに来たんだ。その時こいつが捨てていったこれを拾っただけだ!」
これと翳したものは、純金製のネックレスです。それを見たリボーンは驚きのあまり、普段の彼らしくない大声をあげます。
「だったら見られてんじゃねぇか!」
「だから違う!海面からポトンと落ちてきたネックレスに驚いて水面ギリギリから見たが、気付かれてない!」
「ハン!どうだかな!」
スカルとリボーンが言い合いをしている間に、わずかばかりの島ともいえない岩の塊に辿り着きました。
人間の住む岸まであとわすか、目と鼻の先にあります。
そこに人間を押し上げたスカルは荒ぶる波から人間を守ろうと岩に登っていきそうになりました。
「ちっ!しょうがねぇ、てめぇじゃ人間を守りきれねぇだろ。代わってやる」
見ればスカルの身体は先ほどの船の甲板やら木材に当たり、ひどい有り様です。
確かに嵐が止むまで持ち堪えられるかわかりません。
兄の顔を見ればさも面倒ごとをといった辟易がありありと表れています。
それでも一度交わした約束は違えたことはなかったと気付きました。
「…こいつはまだ小さい子供みたいだ。このネックレスを落としていった時、泣いていた。大事な人の忘れ形見だったのかもしれない。ひどくしないで欲しい」
お願いだと頭を下げたスカルに、あぁと返事をすると渋々な様子でそのネックレスをリボーンに手渡します。
「それを返したかったんだ」
それだけ言うとスカルはちゃぷんと水面の向こうへと消えていったのでした。
義理堅いというか、未練がましい三男を見送ったリボーンは、岩に登るとどれと人間を覗きこみました。
白いブラウスは細かな刺繍が施され、少なくとも育ちは良さそうに見えます。
けれども伸び放題の髪に、かさついた唇を目にしたリボーンはどういうことだと顔を近付けました。
辺りはまだ嵐が吹き荒れて肌寒いほどです。
ぐったりと横たわったまま、目を覚ます気配もない人間に覆い被さってやればわずかながらも雨風を凌げるようにも見えました。
「……貧相な面だな」
青白く荒い息を吐き出す子供を少し抱き寄せてやれば、意識はないというのに安堵の表情を浮かべているようです。
着ている服は大層豪華なのに、何故か人の手がかかっていない細い背中を擦っているとまばらな睫毛の下から雨とは違う滴が零れ落ちていくのが見えました。
何かに耐えている顔だとリボーンは思いました。


そうして、長い長い夜は明けたのです。




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