リボツナ4 | ナノ



その理由を考えてみなよ




慌てて駆け戻った校舎には先輩の姿はなく、いつも先輩の周りにいる女子生徒を統括している一学年上のビアンキにどこに行ったのかと訊ねても帰ったみたいという曖昧な答えしか返ってはこなかった。

あと2日で沢田がコンビニから姿を消す。
それを伝えなければと焦っていたが、肝心の先輩が掴まらない上にオレの言うことを素直に聞くとも思えない。
ならばどうすればいいのかと考えを巡らせたがいい案など思い浮かぶ筈もなかった。

そもそも、そんなに簡単にくっ付くようなら今頃出来上がっていてもおかしくはない。
意地っ張りというより、自分の感情に蓋をしているような2人だからこそ、それを思い知らせるために策を練っていた矢先にこれだ。
闇雲に先輩を探すのはムダだと知っているオレは、それでも居ても立ってもいられずにまた沢田のいるコンビニへと足を向けた。

先ほどから往復を繰り返している道を早足に戻ると、見覚えのある背中を見つけて対処に迷った。
まさかこんなところにいるとは思ってもいなかったからだ。
もうこの道は通らないのではないかと危惧していたのに、まるで無意識に引き寄せられているように歩いている先輩の姿を見つける。

鞄すら手にしていない先輩のやる気のなさそうな歩調に声を掛けようか、それとも様子を見ようかと慌てて電柱の影に隠れると沢田のいるコンビニの横を歩いていく先輩の動きがピタリと止まった。
沢田を見つけたのだろう。
後で半殺し決定だなと覚悟を決めながらも先輩の行動を見詰めていれば、見る見る先輩の気配が殺気を帯びていく。何があったのだろうか。

真剣になれば真剣になるほど表情がなくなっていく先輩の、能面のように無表情になっている顔を見て急いで電柱から飛び出した。
沢田のピンチかもしれない。しかも、それはオレの嘘のせいなのかもしれないと思うと身体を張ってでも止めなければならないと焦った。
コンビニの自動扉がゆっくりと開き、その中へと一歩踏み出した先輩の後を追ってオレも足を踏み入れた。

「あ、いらっしゃいませー。久しぶりだね、リボーンは。あれ?スカルは2度目だけどリボーンに引っ張られてきたの?」

「い、いや!そうじゃなくて…というか、その横にいるのは誰だ?」

こちらの事情を知らない沢田に何気なくバラされながらも、オレとオレの前にいる先輩は沢田の横に張り付いている人相の悪い顔に傷のある男に視線が釘付けになっていた。
ヤクザかマフィアかといった、お世辞にも堅気には見えない男に腰を抱えられたまま沢田は呑気にしている。
ひょっとしたらこのコンビニが地上げに遭っていて、その被害を被っているのではと想像したがそうではないのか?

怯えの影すらない沢田に訊ねると、オレの問いにあぁ!と長いがまばらな睫毛を瞬かせながら頷いた。

「こっちは従兄のザンザス。イタリアからこっちに渡ってきたばっかりで言葉も通じないし、ちょっと人見知りなんだ。人相がよくないから誤解されちゃうしね。日本にも日本語にも慣れたいからって店長に頼んで置いて貰ったんだ。…昼間なら人もそんなに来ないしさ。」

防犯の意味も兼ねてるから一石二鳥?などと笑っている沢田にホッとしたオレとは対照的に先輩の眉間の皺はどんどん深くなっていく。
沢田の腰に巻き付いている腕が気に入らないんだろうなとオレでも分かるのに、先輩はやはり無自覚な様子でただ黙って沢田の従兄を睨みつけていた。

「何だよ?今日はやけに大人しいじゃないか。ひょっとしてザンザスが怖いとか?」

などと先輩の神経を逆撫でするような言葉にも返事を返さない。
ついに自覚したのかと先輩の顔を見詰めていると、表情のない顔がザンザスとかいう男から沢田へと視線が移っていく


「お前、辞めたんじゃねぇのか?」

ヤバイと冷や汗を掻いたオレに気付かないまま、先輩と沢田は視線を合わせる。

「スカルから聞いたんだ?うん…あと2日でここを辞めるんだ。」

嘘をついたことがバレやしないかとヒヤヒヤしながらも、沢田と先輩の顔を交互に眺めていると突然沢田の横から声が掛かった。

『お前はこいつの何だ?』

幸いなことにイタリア語はオレの母国語でもあるから言葉を聞き漏らすこともない。先輩も同じだ。
しかしザンザスの問い掛けに答えるつもりもないのか視線すら合わすことなく無視している先輩を見て、言葉が通じないと思ったのかそんな先輩から視線を外すと沢田を見下ろした。沢田の横にいると大人と子供ほど身長が違うからそう見えるのかもしれない。

『だから早くこんな仕事なんざ辞めろと言ってんだ。カスの相手はするもんじゃねぇ。』

『あのね、オレは店員なの!相手はお客さん!いくら聞き取れないからって失礼だって!』

どうやら沢田もオレと先輩がイタリア語を出来ることを知らないようだった。そういえば日本人ではないことは話したが、イタリアから来ているとは伝えそこねていたらしい。
それよりも、どこからどう見ても日本人顔の沢田が親戚にイタリア人がいたことに驚いていれば先輩がオイと沢田に声をかけた。

「辞めんのか…?」

「うん、コネだけどしたい仕事に就けることになったんだ。」

今まで見せたことのないような笑顔でそう答えた沢田に、先輩は能面のようだった顔をわずかに歪ませて唇を噛んだ。
そんな先輩の表情の変化に気付かない沢田に、先輩はいつものようにフンと鼻で笑ってみせる。

「ドジでもしてすぐに追い出されるんじゃねぇぞ。」

「おま、口悪いの直せよ。うん、でも…またな。」

晴れやかな笑顔というに相応しいそれに、オレも先輩も二の句が告げられずに追い出されるようにコンビニを後にした。




黙々と自宅に戻るオレの前に何故か先輩の背中があった。
鞄すら置いたままということは、後で取りに行けと言われるだろうなとため息を吐きながら、それでも話しかける気にもならない。

沢田がコンビニから居なくなると聞いて、すぐに先輩に知らせなければと勢いだけで行動していたが、その衝動が収まるとポッカリと胸に穴が開いてしまったように虚脱感だけが湧き上がってきていた。

珍しく大人しい先輩も同じなのだろうかと前を歩く先輩の横顔を眺めると怒りのためではなく、呆然といった様子で表情をなくしていた。
そんな先輩にムカッと腹が立つ。

「このままだと二度と会えないかもしれませんよ?」

冗談でもなければ、嘘でもない。
学生と社会人ともなれば接点などそうそうある筈もなく、まして沢田がなんの仕事に就くのかすら聞いてはいなかった。
携帯電話もナンバーから変えたと聞いていて、それを教えて貰う間もなくこんな事態になっていたのだ。
本当に繋がりもなにもなくなってしまう。

ぐっと握り締めた拳を振り上げて、それからそんなことをしていても仕方がないのだと気付いたオレは踵を返すと今来た道を戻るために歩き出した。

「伝えたかったことがあるから、オレは戻ります。」

あんたと違うんだと足取りも荒く歩き出すと、後ろから肩を掴まれて振り返ると先輩がいつもの表情を取り戻してニヤリと笑っていた。

「あの間抜け面に言いたいことがあるのはてめぇだけじゃねぇんだぞ。」

それだけ言うと駆け出していった。
本気の走りっぷりに追いつけずに、それでも諦めきれずに後を追う。
道の角に消えた先輩の背中を目に入れながら、これでオレの役目も終わりかなとぼんやりと思っていた。

会えなくなることが嫌だと思うその気持ちの理由に気付いただろう先輩と、先輩が自分より誰か他の子を追い駆けていると言われて泣きそうな顔になった沢田がこの後どうなるのかを見届けようと渋る心に喝を入れる。
見たくもないが、それがオレの役目だと思って。





しばらく走ると、先輩に遅れること少しでどうにかコンビニに辿り着いた。
しかし目立つ強面とぼんやりとした店員が見当たらない。
レジに立つ店長に声を掛けられた先輩の後ろから顔を覗かせると、いらっしゃいと人のいい顔で笑いかけられた。

「沢田さんならもう辞めていったよ。こちらとしてもあのおっかない顔の人がいちゃ、商売あがったりだしねぇ…え?沢田さんの電話番号?新しくした方?聞いてないなぁ…悪いね。」

そうあっさり言われて言葉をなくす。
本当に、繋がりを絶たれてしまった。
呆然と立ち竦むオレたちを尻目に、コンビニは少しずついつもの客が顔を覗かせて賑やかさを取り戻しつつある。
オレと先輩を取り残したまま。





翌日も不気味なほど大人しい先輩に心配した取り巻きが声を掛けて気を紛らわせようと奮闘しているも、それを右から左に流したまま一日が終わっていった。
新しい月に変わり、産休に入ったという司書の代わりが若い男だと聞いても特に心も動かされずに生返事だけかえしていた。

「スカルくん。悪いんだけどこの授業で使った本、図書室に返してきてくれないかしら?」

お願いしているようで、その実有無を言わせない女教師の言葉に思わずパシリは慣れてますと口に出かけてパシリじゃない!と自分に突っ込みを入れた。
そんな一人漫才をしていたオレを残念そうに見ながらもお願いねと言って本を押し付けていった。

「さすがパシリだな。」

「だからパシリじゃない!」

日直に頼めばいいのにと思ったが、よく考えれば今日は先輩が日直だ。ならばどの道オレが返しに行く羽目になったのかと嫌々納得させられて、勿論先輩は手伝うことなく後ろから着いて来た。

「何しに行くんですか?」

「次の時間は数Uだぞ。オレがそんなもん学ぶ必要がどこにあると思う?」

ないことは言われるまでもない。算数すら苦手なオレと違い、数字をいじらせれば大学の教授ですら敵わない先輩に教えられる者などいやしない。
だから図書室で自習という名のサボりをするという先輩に、そうですかとだけ返事をして両手に本を抱えたまま図書室の扉の向こうに声を掛けた。

「すみません、本を返しに来たのですが両手が塞がっているので開けて下さい。」

「はい、はい。」

若いと評判の新しい司書が扉の向こうから姿を現した。
ガラガラとでかい音を立てて開けられたその先に見つけたのは見覚えのあり過ぎる顔だった。

「よ!一日振り!」

「って、沢田!!」

相も変わらずボサボサの髪に、大きいのにどこか眠たそうな瞳がこちらを見上げている。
オレの声を聞いて先輩が後ろから顔を覗かせると、チョコレート色をした瞳が楽しそうに眇められた。

「また会ったな。」

「ツナ…」

先輩とオレはただ呆然と沢田のしてやったり顔を眺めるだけで精一杯だった。

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