リボツナ4 | ナノ



無自覚の惚気と愚痴は聞き飽きた




結局、最後までしぶとく抵抗したが先輩とオレとが結託してしまえば強くは出られない沢田が押し切られるのは分かりきっていた話だった。
というか、沢田は先輩に反発しているだけでそんなに煩かったり厳格な性格じゃないからということもある。
どちらかといえば適当、いい加減という言葉の方がしっくりくるタイプだ。

そんな沢田はといえば、先ほどまで真っ赤な顔をしてテーブルに齧り付いていたのだが、今は眠気に負けたのかソファの下でクッションを枕に丸まっていた。
呑気な寝息がリビングに響いて、それを視界に入れた先輩が鼻で笑いながら沢田の顔を覗き込む。

「何が未成年の飲酒はダメだ。自分が真っ先に潰れてるんじゃねぇか。ガキはてめぇだろ。」

などと言いながらも、沢田の柔らかそうな頬をつついている。ぷにぷにと弾力のある頬を幾度もつついているというのに、沢田は一向に起きる気配がない。
ならばオレもと手を伸ばすと先輩にその手を叩き落とされた。

「気安く触るな、パシリ菌が移る。」

「まだ言うか!」

しかもパシリではない。たとえ広く先輩のパシリだと認識されていようが、オレは認めてはいない。
それにしても沢田は本当に酒に弱いらしい。煩い口を塞いでしまえと手渡した酎ハイ1杯でこれだ。下戸の存在をはじめて知ったときに、本当にそんな人種がいるのかと思ったものだがいるところにはいるものだ。

そのすべらかな頬を触りたいと思いながらも、視線を下に落とすと赤く染まった頬に薄く開いた唇からは寝息とともによだれが零れていた。
それに躊躇いなく指を伸ばして拭い取った先輩は、そのまま舐め取るともう片方の手で沢田の顎を掴んで引き寄せた。

「んん…っ、」

先輩の手の煩さに喉の奥で唸り声を上げながら首を振って口を閉ざす。それを確認してやっと先輩の手が沢田の顔から離れていった。

「世話のやけるヤツだ。口を広げたまま寝ちまったら風邪の元だぞ。」

一連の先輩の行動から目が離せなかったオレは、よせばいいのに思わずそれが口から出た。

「あんた、男も平気なのか?」

訊ねた途端に拳が振り下ろされた。手加減なしのパンチに軽い脳震盪を起こしながらも、テーブルに手をついて横を振り返ると沢田を抱えてソファの上に転がしていた。
2つあるソファの2人掛けに転がされた沢田は暖を求めてひざ掛けに擦り寄る。それを引き剥がした先輩は、沢田にひざ掛けを与えると自分の着てきたジャケットまでかけている。

フェミニストと名高い先輩ではあるが、それは表面上の話であってここまで甲斐甲斐しく世話をやく先輩というのも見たことがない。
自覚のない分、恥ずかしげというものも見当たらないので余計に見ているこちらが恥ずかしくなる。

「で?こいつとお前はいつの間にこれほど親しくなってたんだ?」

沢田の意識がないことを確認してからオレに聞いてきた。
ここで沢田と鉢合わせたのは初めてなのに、気にならないのかと思っていたがやはりそうではないらしい。
振り返った瞳の色がとても怖い。冗談ではなく、真剣に殺されそうな雰囲気だ。

ない腹を探られることだけは勘弁してもらいたいと言ってやりたいのに喉が張り付いたように声が出ない。
疚しいところなど一つもない筈だ。なのに何故なんだとチラッと沢田の寝顔を横目で見ようとして顔を掴まれた。
前が見えないどころかこめかみを握られてかなり痛い。

「痛い!痛いからヤメ…いえ、やめて下さい!」

痛いと叫んだ途端に力を込めてきた。殺る気満々だ。沢田関係では大人しくするに限る。
素直に話すと約束させられてから、やっと手が離れた。顔からこめかみがジンジンしている。

「で?」

「で、も何もあんた繋がりですよ。あそこのコンビニはうちからも学校からも近いからよく通ってるんです。必然的に沢田とはよく会う。そこであんたとオレが知り合いだとバレてそれから少し喋ったり、うちに寄るようになっただけです。」

あんたが沢田にちょっかいをかけるから、オレに苦情が来るんだと言い掛けて口を閉ざした。先輩の視線が切れそうなほど鋭いものへと変化していたことに気付いたからだ。
また口が過ぎたかと冷や汗を掻いていると、先輩はテーブルに肘をついてそこに顎を乗せてニタリと口角を上げながら訊ねた。

「ツナはどれくらいここに来てたんだ?」

「どれくらいって…もうかれこれ3ヶ月にはなるから、10回以上は来ていると思うが。」

「ふん?」

ニンマリと笑っているようにも見える口許だが、目が決して笑ってはいない。冷たい微笑が素敵だと噂されているが、それを体感してみればどれだけ怖いか分かる筈だ。
今なら先輩のファンだという女子と変わってやるのにと、必死で別のことを考えたくなるほどのそれに引き攣り笑いを返した。

「…泊りがけで旅行したと聞いたことがあるんだが、まさかてめぇじゃねぇだろうな?」

「いや、この前のライブの後のことならそうだ…じゃない、です。」

とぼけておけばよかったのに、馬鹿正直に喋ってしまってから自分の迂闊さを呪った。先輩が握っていたグラスがみしりと音を立て、斜めにひびが入っている。
それを目にしながら、あんたは彼女が友だちと旅行に行くのにも口出しするタイプなのかと言いかけて慌てて口を閉ざした。
言えは言うだけ火に油を注ぐ行為だと気付いたからだ。

ゴクンと唾を飲み込んで、先輩の手によって姿を変えようとしているグラスを眺めていると、それがひょいとオレに向かって投げ付けられる。
勿論逃げられる訳もなく、顔面に思い切り当てられたオレは先ほどのパンチとアンアンクローのトリプル攻撃で床と仲良くなるしかなかった。
ドスンとラグに重い音が落ちる。
それでもラグの上に落ちたグラスは割れていない。それすら先輩が計算しているかもしれないが。

もう起き上がる気力もないオレを見下ろしながら先輩がソファに座り、そんなオレをスツール代わりにして足を乗せた。
好きにすればいい。
どうしてオレがと思うが、長年の習性で諦めることには慣れている。

「まったく、しょうがねぇヤツだなツナは。パシリだって男なんだぞ。なにかあったらどうするんだ。」

イヤイヤイヤ。普通は男同士なら何も心配はいらない。やっぱりあんた…と言いかけてライブ後のホテルでの夜を思い出した。
今と同じくすやすやと眠る沢田に近寄って顔を近づけたところで沢田のパンチが顎に決まった。あれは本当に寝ていたのだろうか。

「…てめぇ、何かあったんじゃねぇのか?」

「ナイナイナイっ!!全然!まったく!何にもなかった!」

知られたら命の危機だと本能が告げてそれに全力で従うと、胡乱げな表情で先輩がこちらを睨みつけてきた。
これはうまく逃げなければ。

「そ、そんなことを心配するあんたがおかしいんじゃないのか?!沢田は普通の男だぞ!」

そう、ちょっと可愛いかもしれないが22は越えている成人男性だ。
気の迷いだ。よくあることだと自分にいい訳をしていると、オレの言葉に先輩はいつもの能面のような顔を変えた。

「馬鹿野郎!オレのどこがおかしいってんだ?頭脳明晰、容姿端麗を地でいく男だぞ。それに引き換えツナは平凡を二乗してボケと要領の悪さを足したようなヤツなんだ。ちょっと瞳が大きかったり、鼻が低かったり、唇がそこらの女よりぷるんとしていて笑顔が可愛くても、それがオレに滅多に向けられないことに悔しいとか思ってなんてない!ねぇったらねぇ!全然な!」

「…」

言葉というのはとても分かりやすいものだと思う。
しかもいつもは白い先輩の面が、今は興奮でか赤くなっていた。
これで本当に自覚がないのだろうか。

「大体な、ツナは怒った顔もいいんだぞ。こう顔を真っ赤にして眦から涙を浮かべて睨み上げるんだ。知ってるか?」

そこで分かりますと言えば、オレを踏む足に力が込められることだけは確かだ。
黙って首を振ると、満足そうにツナの愚痴という名の惚気を延々と聞かされる羽目となった。

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