リボツナ4 | ナノ



はたからみたら丸わかり




一人暮らしなんぞをしていると碌な友だちが寄り付かないと言われるが、自分もその例えに漏れなかったらしい。
なにせ自宅だというのに彼女ひとり呼ぶことも出来ない。それは間違っても部屋が汚れているからとか、昭和の香りがするような古びたアパートだという訳ではなく、ひとえにこの横暴かつ理不尽な同級生の先輩が昼夜を問わず訪れるからに他ならない。

同級生なのに先輩とはいかにと不思議に思うだろう。
しかし、先輩は先輩である。
決して尊敬している訳でも、心酔している訳でもない。
出会って3年経つが、この人ほど頭の切れる男をオレは知らない。そして心の底から勝てないと打ちのめされたことも幾度もあった。
こんな人の皮を被った悪魔なんぞに勝ちたくもないが。

そんなオレのマンションに今日も先輩は勝手に上がりこんでいた。家主のオレの断りもなく、無断で。
バイトから帰れば、いつものごとく先輩が入り込んでいた。まあそれはいい。もう諦めた。
しかしこのクソ暑い時間帯になんでそれがテーブルの上に鎮座しているのかを知りたかった。

「…先輩。テーブルの上のそれはなんですか?」

「見て分からねぇのかおでんだぞ。」

「分かってるんだよっ!分かった上で聞いてるんだ!このクソ暑い日中になんでそんなに大量のおでんがあるのかってことを言ってんだ!」

「何でだ…?聞きてぇのか?!」

いきなり表情を変えた先輩がその黒い瞳を鋭くさせてオレを睨みつける。
やばい、地雷を踏んだと自覚したが時すでに遅しだ。

「そんなに聞きてぇなら教えてやるぞ。あれは今から10分前の話だ…」

「聞きたくない!結構ですぅ!」

話の最後を聞いてしまえばどうなるかなんて嫌というほど知っている。
触らぬ神に祟りなし、君子先輩に近寄らずだ。
そろそろと足音を忍ばせて背後の扉に近付いたオレの肩にポンと手が掛かる。

「どこに行くんだ?お前のうちだろうが。…勿論聞くよな?」

「勿論ですっ!」

やっぱり今日もいつものように八つ当たりの的となる運命のようだ。








オレたちの通う高校から徒歩10分の距離にオレが一人暮らしをするマンションがある。
つい2年ほど前に、親父の海外転勤が決まりそれについていくことになった母親のお陰でファミリー向けの大きなマンションに一人で住んでいる。
そのマンションの近くは住宅が立ち並び、そんな住宅事情のためにコンビニもそこかしこに点在していた。

そこの一軒に先輩のお気に入りがいた。
いや、先輩に言わせればお気に入りじゃない、気に入らないんだと声を上げるだろうが知ったこっちゃない。
うちから一番近い場所にあるコンビニは全国にフランチャイズがある大きなものだ。
ATMがあったり、取り寄せが手軽にできたりするためにオレもよく使うコンビニだった。
そこに今年の4月から顔をみかけるようになった男が、件の『お気に入り』だ。

ボサボサの髪は四方八方に広がる癖っ毛で、色はチョコレートを溶かしたような茶色。そして瞳の色まで同じという男はそれが地毛らしかった。とてもお洒落に気をつかうタイプに見えないのだから、間違いないだろう。
大柄な先輩と並ぶと肩までしかない小柄な男は、どうしてなかなかいい度胸をしていたのだ。突っ込み体質とでもいうのだろうか。

最初の頃は新しい店員が入ったのだな程度だったのだが、そこに先輩がたまたま買い物に行ったのが運の尽き。
気が付けば先輩と店員の不毛な口喧嘩の火蓋が切って落とされていたのだった。





今から4ヶ月以上前の回想に耽っていれば、そんなオレに気付いた先輩がおでんの串をオレの口に突き入れた。
喉に刺さる寸前でどうにか歯で止めたからよかったようなものの、あわやおでんで喉を突き破られるところだった。
本当にこの人は悪魔だ。

「聞いてんのか、パシリ。てめぇが聞きたいっつったから話してやってんだぞ。」

だから聞きたいなんて一言も言ってはいない。だが、そんなことを言っても詮無い話だ。
はいはい、すみませんでした!と頭を下げて先輩の顔を覗き込むと、あのサイボーグか悪魔かそれとも血が緑色なんじゃないのかと名高い冷たい表情を上気させて歯噛みしている。
こんな顔をさせられるのは、世界広しといえど『沢田綱吉』ただ一人だ。

「大体な、オレは大根が欲しいだけだったんだぞ?それをなんだ、あの野郎ときたら『まだ煮込みの最中だから他のどうぞ』だぞ?客に提供している以上、ベストな状態で出すべきじゃねぇのか!」

「…そうですよね。」

つくづくくだらない。
思わず出かかった欠伸を慌てて噛み殺しながら、そんな些細なことで突っかかる先輩は天才を突き抜けて馬鹿になったのかと心の隅で愚痴を零すといきなり頭をド突かれた。

「誰が馬鹿だ、誰が。」

「一々人の心を読むなっ!」

恐ろしいことにこの先輩は読心術が出来るのだ。やっぱり悪魔で間違いない。
こんな悪魔とやりあっている沢田綱吉はといえば、先輩とは真逆で善良な小市民。
人は見かけでは分からないものだ。

「チッ、パシリの癖に生意気だぞ。オレがそれだけで目くじらを立てるほど小さい男だと思ってんのか。」

思っていた。何せ前科がある。
2週間前にはアイスが溶けたといってうちに着いた途端に逆戻りして文句を言いにいったではないか。
冷凍庫の設定温度がおかしくなっていたと言っていたが、それにしてもたかだかそれだけでクレームをつける先輩は寛容ではないのではないか。

「大体、ああいったおでんていうヤツは普通店員がよそうもんだろうが。それをあいつはオレと時だけ知らん顔してたんだぞ。」

「…丁度忙しかったんじゃないんですか?」

「馬鹿言え。すぐに客もいなくなったってのにか?いつになったら声を掛けてくるんだと思っていりゃあ…いつまで経っても来やしねぇ!」

だからこんなに買い込んできたのか。
店のおでんを半分以上買ってきたとおぼしきそれらを眺め、やっと合点がいったオレはため息を吐こうとして飲み込んだ。
危ない、危ない。あやうくため息を見咎められるところだった。
内心で冷や汗を掻きながら神妙な顔で頷いているが、きっとこれらはオレに押し付ける気なのだろうということだけは確かだ。

「バイトのくせにお客さまへの態度がなってねぇと思わねぇか?!」

「そーですね、」

精々神妙に見える顔を作りながら、このおでんの山を築き上げるに至った一端を担った相手に押し付けようと算段をつけていた。










その後も腹の虫が納まらない先輩に散々難癖を付けられて疲弊したオレは、既に馴染みになった番号を押していく。この時間ならば丁度バイトが終わった頃だろう。
携帯のコール音を聞きながら、この馬鹿馬鹿しい争いがいつ終焉を迎えるのだろうかとつい遠い目になった。
まあ、それ以前に先輩と沢田が互いの気持ちに気付かなければどうにもならないのだろうが。

数度のコール音の後、少し緊張した様子の沢田が電話に出る。

『はい、沢田です…。』

「もしもし、スカルです。」

『あ、スカル?なんだよ、どうしたの?』

オレだと分かるとすっかりいつもの気の抜けた声に変わる。
お前、先輩との態度が変わりすぎだ。

「何だじゃないっ!何で先輩のおでんを無視したりしたんだ!お陰でオレは当分おでんで生活しなきゃならないんだぞ!!」

『えーいいじゃないか。うちのおでん、だしが利いて美味しいよ?』

「そうだな…じゃない!一人で食べる量じゃないんだ!お前も責任を持て!」

『分かったけど……今、リボーンは居ない?』

「居たら呼ぶ訳ないだろう。」

『ん、なら行く!』

あっさりと了承した沢田が弾む勢いでうちのチャイムを押したのはそれから5分後の話だった。


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