リボツナ4 | ナノ



9.




因幡の白兎という話を知っているだろうか。
神代にまで遡る昔話のひとつである。
とある姫神に会いたいと因幡に住む白兎がワニザメを騙し遠い島まで並ばせて、いよいよ辿り着くというところで思わずバラしてしまい、怒ったワニザメに毛皮を毟り取られた…という自業自得なというにはあまりに可哀想な話である。
別に自分と重ね合わせている訳ではないが、それでも一言多いと何かとあるものだなとは幼心に刻んだものだ。
それでもつい呟いてしまうのは、もう癖としかいいようがない。

話を戻そう。
何故そんな昔話を思い出したのかといえば、目の前で真っ赤に染まった肌が痛々しい綱吉が泣いているからに他ならない。
昨日は何故かリボーン先輩からの命令文が届かず、平和といえば平和だか胸騒ぎを覚えた一日だった。
気になったオレは先輩の様子を伺いに行くという名目でツナの顔を覗きにきたという訳だった。

朝一番に家を飛び出し沢田家の前に立つ。チャイムを鳴らしても一向に出てくる様子がないことに痺れを切らせて玄関のドアノブに手を掛けると簡単に開いた。
無用心だと思いながらも声のする居間へと足を向けると真っ赤に染まった背中を晒したまま泣いていた。
ポロポロと零れる涙に驚いたオレは、慌てて半裸のツナに駆け寄った。

「な…どうした?!」

「痛い…痛いよぉ…」

赤く腫れあがってしまっている肩は熱を持っている。背中を見れば手形と思われる部分以外はやはり赤くなっていた。
日焼けというにはあまりに酷い状態の肌に、手を添えることも出来ずに眺めていると居間の扉が勢いよく開いた。

「ツナ、今冷やしてやるからな!」

「先輩…」

洗面器に氷水を入れタオルを抱えた先輩が飛び込んできた。
見れば先輩も日焼けをしていた。成る程、昨日は海に出掛けたのだと分かったがそれなら何故ツナだけがこんな酷い日焼けをしているというのか。
タオルを絞ってツナの肩や背中を冷やしている先輩を睨むとオレの視線に気付いたのか睨み返された。
それでも負けじと視線を逸らさずにいると、氷の粒を投げ付けられる。

「痛いじゃないですか!」

「うるせぇ、オレは今ツナのことで手一杯なんだ。てめぇの相手をしている暇はねぇぞ。」

「って、あんたが悪いんじゃないのか?!」

いつもならば黙っているだろう言葉をあえて突きつけた。何故なら綱吉があまりに可哀想だったからだ。
同年代の子供たちより白い肌はどうやら日焼けできない体質だったらしい。なのに一緒に出掛けた先輩が綱吉に日焼け止めを塗り忘れたとしか思えない仕打ちに腹が立ったのだ。
昨日、メールが届かないと気付いた時点で奈々さんに電話をしていればと悔やまれる。
だから無鉄砲だと分かっていても、無意味だと知っていても、それでもあえて先輩を睨んだ。

「背中には一度、日焼け止めを塗ろうとした痕跡がありますよね?どうしてきちんと塗ってあげなかったんですか!」

「ああ塗ろうとした…だがな、どうしても手が動かなかったんだ!」

「何でですか!」

苛々と詰問を繰り返すオレに先輩は何かを投げ付けてきた。勢い余って顔にぶつかったそれを手にとると、昨日使ったとおぼしき半分ほどしか残っていない日焼け止めだった。

「…これがなにか?」

「いいから手に取ってみろ。」

ムッとした表情のままカシャカシャと振ってから蓋を開けて手の平の上に乗せた。
ただの白い液体だ。
若干もったりとはしているが、これがどうしたというのか…と先輩の顔を覗くと綱吉に向かって顎をしゃくっていた。今更これを綱吉に塗っても意味はないのにと思いながらも、手にしたそれを背中に近付けて手が止まった。

「塗れるか?いや、それを手にしたまま触れるか?」

その問いかけに息が詰る。
情けない唸り声を出して逃げ出そうとすると、そんなことなど知らない綱吉が痛さのためか潤む瞳で振り返るとオレを見てへにょりと笑った。

「お薬なの?それを塗ると少しは気持ちよくなるかな…」

『気持ちよく』という言葉に思わずあらぬ部分が反応して、罪悪感に綱吉から飛び退いた。いくらパシリだ下僕だと言われようともオレも普通の男子高校生だ。先輩ほど無節操ではないにしろ、衝動というヤツは少なからず持っている。
しかし綱吉は小学生の男の子。いくら可愛いからといっても、手を出すのはまだ早い…じゃない教育上よろしくない。
飛び退いた部屋の片隅の床を白く汚したことにも気付かずに脂汗を掻きながら荒い息を吐き出していると、今度は後頭部にスコンと硬い何かが当たった。

「そいつで綺麗にしとくんだぞ。」

手元に転がるのはテッシュの箱。のろのろと顔を上げてまずはテッシュで手を拭き取ると汚してしまった床を一心に磨いた。
親の敵のように磨き上げた一部だけがピカピカと光る床は、逆にそこだけを際立たせてしまっていた。
バツの悪さに視線を合わせられないオレは、丁度いいと雑巾で床掃除をはじめる。するとそれを見ていた綱吉が肩に濡れタオルをぶら下げながら近付いてきた。

「今度、スカルさんも一緒に海に行こうよ!」

「い、いや…オレは……」

先輩と同じ轍を踏みたくはない。うまく逃れられないものかと頭をフルに回転させるも綱吉のお願いには弱かった。

「…綱吉は日焼けが痛くないのか?」

「大丈夫!プールにいっぱい通って日焼けしてからまた行くから!」

元々が色白のツナにはムダだと言ってしまいたくなったが、それも可哀想で言えない。
だからみんなで行こう!と大きな瞳を輝かせる綱吉には敵わなかった。
ガックリと肩を落として、それでも一言呟いた。

「…日焼け止めは海に行く前にお母さんに塗って貰うこと。」

「?はーい!」

次の海水浴を心待ちにする綱吉とは逆に、墓穴を掘ったオレをリボーン先輩が睨んできたがそれも後の祭りだった。











そんな夏休みが始まった7月の終わり。
今日はコロネロ先輩が助っ人に呼ばれている野球部の観戦をしに綱吉とその友だちとかいう山本少年とオレとリボーン先輩の4人で公営の球場まで出向いていた。
バスに揺られること50分。あまりの長さにではなく、綱吉が山本少年ばかり構うせいで先輩のイライラが頂点に達し、あわや大惨事となりかけたところでどうにか辿り着いた。
恥を掻かずに済んだと思うことにして、綱吉と山本少年を連れてバスを降りるとそこは既に応援団がひしめき合う戦場だった。
大袈裟だろうって?いいや、少しも大袈裟ではない。
さすがわ甲子園を目前に控えた大試合ということだろう。
OBやら父兄やら、そして生徒たちがひしめき合うそこは真夏の暑さを凌ぐほどの熱気に包まれていた。

チアガールまでいたことに驚きながらも、どうにかスタンドへと潜り込んでそれから目を白黒させている綱吉に声を掛ける。
先輩はといえば、人いきれに辟易してか口数が少ない。ひょっとしたらコロネロ先輩にあこがれているらしいツナにヘソを曲げているのかもしれないが知ったことではないので放っておく。

「人がたくさんで驚いたか?」

「うん…すごい人気があるんだね、野球って!」

「だろ?すげー面白いって!」

ツナの野球熱はどうやら山本少年の受け売りらしい。
野球少年らしい爽やかな笑顔で語る声にリボーン先輩はつまらなそうに呟いた。

「このクソ熱い中、なにが楽しくて球投げに勤しむんだろうな。」

「何がって…全部っス!」

と返されて益々うんざりした様子でどこかを向いてしまった。
そんな先輩に綱吉は慌てて顔を覗き込んだ。

「リボーンお兄ちゃんは野球嫌いなの?」

そうはっきり問われてさすがの先輩も黙り込んだ。山本少年はともかく、楽しみにしている綱吉を前に躊躇ったらしい。そこに重ねて問いかける。

「お兄ちゃんはスポーツ万能って言ってたけど、野球はしないの?」

「やりゃあ出来るが…」

詰った言葉の先を拾うならば、確かに先輩は運動神経は抜群だ。コロネロ先輩は鍛錬で鍛え上げているが、リボーン先輩は反射神経とそれを意識して使うことに長けている。
どちらが上とも言えないのだが、いかんせん先輩は協調性というものが欠落していた。
だから野球やバレー、バスケットなどのチームプレイを強いられる球技は得意ではない。

「…面白いかもしれねぇから一緒に見るぞ。」

「え…お兄ちゃんも野球知らなかったんだ?」

そう上手に綱吉の追及をかわした先輩が、腹立ち紛れに試合開始間際までオレを使い走りにつかってくれたお陰で一人綱吉たちの席の前にしゃがみ込んで観戦する羽目となった。


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