1.「愛人なんていらないよ。」 と呟いたツナは一人で寝るには広すぎるベッドの肌触りのいいシーツの上に転がるとそのまま大きな瞳を閉じた。 どうしてツナのベッドのシーツの肌触りが分かるのかって? そんなの決まってんだろ。答えはひとつだ。 3日ぶりだという寝具の上にジャケットだけ脱いだ格好でまどろむツナの横に膝をついて、締めたままのネクタイに手を掛けるとゆるりと睫毛が揺れてその奥からミルクチョコレートみたいな色をした瞳が現れる。 「…このままだと締まるぞ。」 「んー…もう、どうでも、い…」 本当にどうでもいいらしく、また目を閉じると今度はくぅくぅと寝息を立て始めた。 言うだけムダだと知ってはいたが10年経っても変わらない緊張感の欠片さえみられない面に思わずムッとする。 「愛人はいらない、だと?」 このボンクラは恋人すらいない。憧れだった京子とも惚れられていたハルともどうにもならなかったのだ。 かといって大ボンゴレのボスが妻もなく、愛人さえいないというのは見聞が悪い。 呑気に寝息を立てるツナのネクタイに指を入れると結び目を解いてしゅるっと引き抜いた。 オレがいることに警戒もしなければ気にした様子すらない。 最初の出会いから10年経った今でもツナにとって自分という存在の位置は変わらなかったということだ。 嬉しいよりもやはり腹立たしさが勝って、シャツの一番上のボタンから順に外していけば20をとうに越えた男の肌とは思えないなめらかな喉から鎖骨そして胸までのラインが露わになる。 このまま襲ってしまっても事を成すのは多分簡単だ。しかしそれをしないのはそれだけが欲しいからではないからだった。 いつものようにベルトまで引き抜くと、腹いせに人目にはつかないが脱げば分かる位置に鬱血の痕を残す。 わざと痛みを伴うように吸い付いたせいで、ううん!と漏らす声に誘われてもう一ヶ所吸い付くとまたも甘い声が漏れた。 身長も伸び、見た目はシャープになった。ひょろりとした印象は拭えないけれど人を従わせる術を身につけたツナは今では初代と並ぶ存在として内外に知れ渡っていた。 だからこそ今必要なのはツナを支えるに足る存在だと分かっていた。 誰でもいいから作ってこいではこいつには効かない。こちらがお膳立てをしても超直感で回避する。 ならばとこいつに任せても一人として連れてくる気配もなかった。 ボス業は孤独だ。頼れとは言わないしそんな弱いヤツに育てた覚えもない。 けれど熱を伴わない人生など生きている価値がないということを知っているオレにはどうしてもツナにそれを教えてやりたかった。 弱くて小さくていつでも逃げ出したかった筈なのに、最後には必ず立ち向かっていくツナの傍にいて10年。囚われて10年ということになる。 最初は冗談じゃないと反発したり、こいつがあんまりにもダメな生徒だからだと思い込もうとしたのだが、10年もの年月をそれで片付けることも出来ずに諦めたのは最近だ。 もうその頃にはツナと自分の距離というものが確定されてしまっていてどうにもならないことだけは分かっていた。 ならばと愛人を作ることを勧めてものらりくらりと交わされて今のような会話となった。 本当はこいつに一番大事な者が出来ることをよしとは思ってなどいない。 誰も平等ならばそれでいいとさえ思う自分がいる。 しかしそれはエゴでしかないことを知っていた。 早く誰かに掻っ攫われちまえと思いながらも、諦めきれずに傍にいる自分の滑稽さに辟易する。 告げることのない思いを飲み込んだまま、また肌へと口を近づけるとモゾリと身体を捩ってツナがオレを頭を押さえつけた。 「もう止めろって。何されても起きないよ、3日ぶりの睡眠なんだよ。寝なきゃ死ぬって…」 「うるせぇ。こんな時に癒してくれるのが恋人なんだぞ。」 そう出来の悪い脳みそに叩き込んでやるも、それを聞いたツナは少し考えてからくすりと笑って呟いた。 「ふうん。ならオレにはいらない。だってリボーンがいるからさ。」 「なっ!」 どういう意味だと問いただそうとツナの上に乗り上げるも、すでに夢の中へと吸い込まれていった相手はだらしない口許から涎を垂らしながらも意識を手放していた。 「一丁前な口利くようになったじゃねぇか…」 悔しいかな、例え寝言戯言だと分かっていてもそれでも言われて悪い気はしない。 バカに成り果てた自分を笑いながらも眠るツナの横に身体を滑り込ませてから逃げようとするツナを抱きかかえてひと時のまどろみに身を任せた。 . |