リボツナ4 | ナノ



7.




「まずは座ったらどうだ。」

と着席を促され思わずピンと背筋を伸ばしてから頭を下げてハッとした。
ここは自分の家だ。なのにこのジョットとかいう人を目の前にしたらどうにも調子が狂う。
見ればまだ父さんより若いと思われるのに、威厳という点では圧倒的にジョットさんが上回っていた。

居心地の悪さを感じながらもキッチンのジョットさんの前に座るとすかさず母さんが粗茶ですがと差し出す。それにああとだけ返事をしたジョットさんは茶碗を手に取ると薄茶色のそれを不思議そうに眺めていた。

「緑茶とかいう飲み物か?」

「そうです。中国の青茶とはまた別の日本独自の飲み物ですよ。」

そう説明すると躊躇いなく口をつけてぐいっと煽る。余程気に入ったのかどこで買えるのかと母さんに尋ねているジョットさんの横顔を見ながら、隣に座った父さんに話しかけた。

「ねぇ、ジョットさんとはどんな知り合い?」

母さんが用意するのでお土産にどうぞと呑気な話しをしていたので、こちらの会話は聞こえていないだろうと思っていればわずかに顔をこちらに向けてオレの質問の返事をかえした。

「仕事仲間というヤツだ。遠縁だということも大きいが。」

そういうとついっと玄関の方角へと視線を向けた。その直後に呼び鈴が鳴って、母さんがいそいそとそちらへと向かう。
その背中を見ながらジョットさんはやっと撒いてきかかと、デキの悪い子供のお使いを見守る大人のような表情でため息を吐いた。

「…?」

睫毛まで金髪なんだなと妙なところで感心していると、キッチンの扉が開いて母さんの後ろから見覚えのありまくる黒い髪が現れた。

「リボーン…!」

オレを逃がすために囮になったリボーンの顔を見て慌てて席を立つ。するとそんなオレを見たリボーンが切れ長の眦を丸くしてからクツクツと笑い出した。

「お前、まだそんな格好でいたのか。」

「…あ!」

言われて気付いた。この格好はスク水仮面姿の時のオレを隠すためにリボーンから手渡されたものだということに。つまり沢田綱吉に渡されたものではない。
しまったと顔色を変えるオレを無視してズカズカとオレに近付くとそのまま上から下まで視線を巡らせてから頷いた。

「やっぱりてめぇはスク水が似合うのと同じで、セーラー服の方が似合いそうだな。」

「似合わないよ!って、ええぇぇええ!!」

あんまりな言葉に思わず突っ込みを入れてから絶叫した。
まさかと思っていた事態を突きつけられたからだ。
そんなオレの引き攣る顔を見てニヤリと笑うとスカートの裾を思い切り捲られた。

「フン、仮面を付けようがマントで隠そうがスク水仮面がダメツナだってのは最初から分かってたんだぞ。」

「ひぃぃい!」

バッと捲られた先にはスクール水着を着た下半身が現れる。晒された股間を前にぎゃあ!と悲鳴を上げてスカートを毟り取るともう捲られまいと床にしゃがみ込んだ。

「お、お前…最初からっていつからだよ!」

お世辞にも目立つ存在じゃない。劣等生としては有名でもこの地味な顔と存在感がないダメなオレを本当の意味で知る者などいないというのに。
そもそも2回目の時に名前を聞かれるまでリボーンはオレという存在を知らなかった筈だ。
なのにリボーンはそれを鼻で笑う。

「いつから?だから最初からだっつてんだろ、ダメツナ。」

「最初からって…」

だとしたらどうして沢田綱吉の時にはそんな気配を微塵も感じさせずに接したのか。それにどうしてオレにこんな女子の制服を渡したのか。
ニヤつく顔に碌な理由はなさそうだと判断したオレはしゃがみ込んだ床の上をソロリソロリと逃げ出した。

父さんの座る椅子の後ろに回りこもうと這っていた後ろ姿をまたもペロンと捲られて、今度は足まで掴み取られた。逃げられない。

「ちょ、ヤメロっ!」

「よくもスク水に納まるもんだと思っていたが、結構ギリギリだったんだな。」

どこを見られているのかを知って慌てて手で前から後ろを押さえて隠した。それでも手は足から外れない。
こいつマジもんの変態だと羞恥に震えながらもキッと睨んでいると、上からため息と共に切なげな父さんの声が聞こえてきた。

「…ツナ、その格好はエロ本のお姉さんみたいだから止めような。」

「っ!」

自分のしている格好の卑猥さにようやく気が付いて全身が熱くなった。掴まれたままの足の上に尻を据えると必死にスカートで足ごと隠す。
恥ずかしさに顔も上げられずに俯いているオレの肩を後ろから引き寄せたリボーンは、ぐいっと後ろから羽交い絞めすると座っていたオレを引き摺り上げた。

「気に入ったぞ。こいつはオレが貰う。」

「貰うって…」

なにバカなこと言ってんだと後ろを振り返っていると、テーブルに座っていたジョットさんが何故か眉間に皺を寄せながら頷いた。

「仕方ない…お前に任せよう。」

「て、ちょっと何勝手に決めて、」

というか、何を任せるというのだ。
自分を置いて自分のことが勝手に決められていく。しかも意味が分からない。
何をどう訊ねたらいいのかさえ分からずに視線はジョットさんとリボーンの間を行き来させていると、母さんがあらあらと楽しそうな声で間に入ってきた。

「ジョットさんは家光さんの上司の方だとはお聞きしましたが、こちらの男の子は誰かしら?」

どうやらオレ同様に説明がないままこの状況になったらしい母さんは、オレの心を代弁するように新しいお茶を片手ににっこりと訊ねた。
オレを抱えたままのリボーンの手前にコトリと置くと小首を傾げたままリボーンの顔を覗き込む。するとオレの身体から手を離して母さんの前に進み出た。

「はじめまして、奈々。いつも家光を世話してやってるリボーンだ。綱吉の同級生兼相棒になった。以後よろしくな。」

気障な仕草で母さんの手の甲にキスを落としながらの返答にオレは慌てて待ったをかける。

「って、待て待てー!今妙な単語が入ってた!」

同級生はいい。相棒ってなんだ。そもそもオレは普通の中学生なのだから相棒もなにもいらない。
なのに父さんはオレを手招きすると横に座らせてとんでもないことを言い始めた。

「あのな、ツナ。心して聞いて欲しい。その、なんだ…父さんの家はな、代々ツナのような死ぬ気の炎が灯せる者が存在する家系なんだ。」

「…知ってるけど、」

それは聞いたことがある。
大抵一時代に一人、オレのように死ぬ気の炎が灯せる人間が現れるのだという話だった。
何を今更…と言いかけて口を噤んだ。嫌な予感がしたからだ。

「今まで隠していたんだが、父さんは巨悪から善良な市民を守るヒーローのいわば裏方を担っていたんだ。」

「…ヒーロー……」

ヒーロー。
それは悪に立ち向かう正義の味方。
そしてマンガの中でだけの話の筈なのだが。

父さんの頭がおかしいと母さんに訴えようとすると、そんな父さんの話を聞いていた母さんは目を輝かせて父さんに抱きついた。

「素敵!あなたのこともっと好きになったわ!」

「って、おおぉい!!」

信じちゃったよ。そんな訳ないだろ?!という内心の突っ込みを置いて父さんと母さんが夫婦仲睦まじく手を握り合っていると、いつの間にか横に近寄っていたリボーンがぐいっとオレの腰を掴んで引き寄せた。

「つまり、家光の仲間っつーオレたちも然りだ。しかもこいつが今んところの正義のヒーローってヤツだぞ。」

「へ、へぇー…」

こいつら全員頭おかしいんだと思いながらしかし逆らってはいけないんだと相槌を打っていると、ちらりとこちらに視線を合わせたジョットさんがさも嬉しそうにニッとオレに笑い掛けた。

「よろしくな、次のヒーロー。」

「は?次、の…?」

「そうだ、綱吉。君が次のヒーローだ。」

「イヤイヤイヤ!ちょ、なにおかしなこと言ってんだ!」

あんまりな言葉にジョットさんに喰ってかかろうとすると、掴まれたままだった腰をぐっと引き寄せられてリボーンの目の前に連れていかれた。

「なにするんだよ!」

ここは是が非でも否定しておかなければならないというのに邪魔する気なのか。知らず額に炎が灯る。
手袋だったそれがグローブへと変わると、それを見ていたジョットさんがウムと顔を顰めた。

「それではまだまだ出力が足りないな。リボーン、以後は任せた。」

「あぁ、任せておけ。」

「って、なにオレを無視して話しが進んでるんだよ!」

分かりあう2人を尻目にひとり取り残されたオレはかなり分が悪かった。それでも諦める訳にはいかない。
なんといっても自分の今後がかかってくるのだから。

優雅に椅子から立ち上がると、母さんに挨拶をして出て行こうとする。そのジョットさんの背中に声を掛けようとするもリボーンが邪魔をしてそれを許さない。

「なんで!」

「何でもへったくれもねぇぞ。その力を持って生まれたからには諦めて正義の味方になるんだな。」

「お、お前バカだと思わないのかよ!?」

そう叫ぶとオレの手を握っていたリボーンはくくくっと肩を揺らして笑いだした。

「そうだな。最初はバカな集団だと思ってたぞ。だがジョットの力を見てそんなもんかと納得した。でもな本当にこんなバカげたことに付き合おうと決めたのはてめぇを見てからだぞ。」

「オレ?」

目の前の顔が笑みを含んだままオレを射抜くように見詰める。どうしてか動悸が激しくなって、そんな自分を持て余したままリボーンの顔を見上げた。

「ああ。バカでお人よしで間抜けで…面白い。」

「いいとこなしかよ!?」

期待して損した。イヤ、期待なんかしちゃいないんだと顔を横に背けると耳元にふぅと息を吹きかけられて飛び上がった。

「ひっ!」

「くくくっ…これからが楽しみだな?」

「全然楽しくなんかないよ!」

そう返事をしたものの、リボーンのペースに引き込まれていることを自覚していたオレはこれからがどんな毎日になるのかだけが心配だと長いため息が漏れた。


おわり



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