5.「以後、気をつけるようにな。」 「…はい。」 時代錯誤なリーゼント頭の副委員長に諭されてようよう風紀委員長から開放されたのは、夕日も沈みかけ運動部員たちが帰宅を始めた時刻になろうという頃だった。 普段はいないという風紀委員長が何故だかソファでオレを睨みつける中での反省文を書くという作業に、恐怖と緊張を強いられたのはいうまでもない。 2時間もかけて書き上げた反省文を見た風紀委員長はふうんと気のない声を漏らすと思い切りバツをつけてもう一度とすげなく切り捨てられた。 何度提出してもバツしか貰えないことに最後には噛み殺されるんじゃないのかとビクビクしながら風紀委員長に反省文を出すと、小学生並み…いやそれ以下だけど仕方ないからもういいよ。と言われ、やっと開放されたのが先ほど。 そんな訳で今日もこんな時間まで居残っているのだが… 宿題として渡された数学のプリントを忘れたことに気付いたオレは、しぶしぶ教室へと足を向けた。 今まで軟禁されていた風紀委員が使っている応接室と校舎が離れているために、渡り廊下をトボトボと歩いていくと突然ガタン!バタン!と音が後ろから響いてきた。 声はしない。 すぐに静まり返った渡り廊下の奥の校舎。 しかし聞いてしまったからには気になって仕方がない。 3日連続でなんてあり得ない。あり得ないんだと思えど、あのアホ男ならあるかもしれないという嫌な予感に突き動かされて気が付けば足が音のした方向へと駆け出していた。 静まり返った校舎を足音を立てずに耳を済ませて音を拾う。 先ほどの音を探して歩いていくと、ゴソゴソという篭った音が聞こえてきた。 辺りに人気がないことを確認してから、そっとその音のする教室へと近付くと扉をわずかに開けて中を覗き込む。 すると そこにはやはり懲りていないバカ男が今度は女の子の腕と騒がれないようになのか口まで塞いで襲いかかろうとしていた。 着替える間が欲しい。 慌てたオレは何か投げ付けるものはないかと辺りを見回す。 女の子の制服に手が掛かったところで、足元に転がっていたリコーダーを見付けた。落し物だろう。悪いが女の子の貞操とオレの名誉にはかえられない。 死ぬ気の炎を込めてぶん投げたそれが男の頭に吸い込まれていった。 ドスン!ともんどり打って倒れた男を確認してから家庭科準備室へと駆け出す。 本当ならばそのままにしておきたくはない。けれどオレが男を倒したのだと誰かにバレる訳にはいかないのだ。 女の子は手と口は塞がれているが、意識ははっきりしている上に目隠しはされていなかった。 ボタンを毟る勢いで制服を脱ぎながら家庭科準備室に駆け込むと、3度目となるそれを手に取って足を入れる。 すぐにマントを首に巻きつけるといつもの赤い仮面を被ってから元の道を戻っていった。 やはり起き上がっていた男をもう一度拳で黙らせると、怯えて泣いていた女の子の腕と猿ぐつわを外してやってすぐに開放してやった。 何度も頭を下げて礼を言う女の子の後ろ姿を見送ってから、さてこのバカ男はどうしたら懲りるのかと眺める。 オレの姿を見た途端にうっとりとした表情を浮かべたこいつは、オレが拳を叩きつける際にまったく抵抗をしなかった。 出来なかったというより、しなかったように見えたのだ。 妙な性癖なのか。 だらしなく緩んだ頬のまま意識を失っている男をどうしてくれようと腕を組んで眺めていると、突然ガラリと扉が開いてその奥から先ほどまでマンツーマンで扱いてくれていた風紀委員長が姿を現した。 「君たちこんなところで何をしているの。」 見られた!と思った時には身体が反応していた。 素早く炎を灯すと風紀委員長が入ってきた扉ではないもう一つの扉へと飛びすさる。 そこにトンファーがいく手を塞ぎに掛かったが、それも炎を灯した手でなぎ払うとどうにか廊下に逃げ出すことに成功した。 あとは気配を消して見つからないようにと飛び出した。 散り散りに辺りの捜索を始めた風紀委員たちを見て、自分の進退が窮まったことを悟る。気配を消して逃げるにしても相手が多すぎるのだ。 かといって倒せば存在を知られることになる。 これ以上誰かにオレがこんな格好をしているところを見られたくはない。 どうしよう、どうしよう…!と気ばかり焦るオレの背後に突然気配が現れて悲鳴を上げそうになったところを口を塞がれた。 「シッ!隠れてんのに大声上げるバカがどこにいやがる!」 「ふふん!」 小声での叱責に思わず名前を呼びそうになった。 口を塞がれていなければ叫んでいたかもしれない。 そう、またもやリボーンが現れたのだ。 どうしてここにいるのだとか、毎回タイミングが良すぎるんじゃないのだとかはこの際どうでもいい。 こいつに見つかったということは風紀委員たちに見つかるのも時間の問題だ。 余計に焦るオレはリボーンの腕から逃れようと足を踏み出すも、そのまま後ろから抱きすくめられて身体が強張る。 男だとバレたんじゃ…いや、オレだとバレやしないかとドキドキしていると、オレの耳元に唇を寄せてきた。 「今逃げてもどの道捕まるぞ…オレが助けてやろうか?」 「え…」 ひっそりと耳朶に落ちる声音にゾクリと背筋を這う何かに唆される。 ダメだと思う端から、でも今逃げても捕まるのは目に見えているのだと分かっているオレは、ツバを飲み込むと小さくコクリと頷いた。 「これを着ろ。」 とそれを手渡されて思わず無言になる。 いや、オレが女の子だと思われている証拠といえばそうなのだろうが、今これを身に付けるのは二重に倒錯的だといわざるを得ない。 スカートとシャツとリボン。 そう並中の女子の制服だった。 それでも段々と近付く足音に急かされて足を通してからシャツをはおる。 リボンが上手く結べないことに焦っていると、胸元に長くて少し骨ばった指が落ちてきてそれを攫っていった。 「いいか、何があっても振り向くんじゃねぇぞ。」 分からないながらも首を縦に振ったところで、幾人かの足音が背後を囲むように現れた。 「風紀委員だ!ここにスクール水着にマント姿の不審人物が通らなかったか?」 高圧的な物言いの風紀委員たちの言葉にオレのリボンに手をかけたままのリボーンは、さも煩わしいとでも言いたげに視線を上げるとニヤリと性質の悪い笑みを浮かべた。 「見て分からねぇのか?イイところを邪魔すんならそれなりの覚悟が必要だぞ。」 「何ぃ!」 いきり立つ風紀委員たちを前にしてもリボーンの表情は少しも動揺していない。むしろ楽しげに口端を上げる顔を見上げているとふいに視線がこちらを向いた。 よくない予感に背中を押されながらも、逃げ出すことの出来ない状況に履かされたスカートの裾をぎゅっと下げた。 「しょうがねぇ…どんな状態だったか教えてやるぞ。」 そう言うとかなり上にあった筈の顔が突然目の前に降りてきた。 つづく |