4.もう着ない。二度と着るもんか!とスクール水着を叩きつけると適当に制服を身につけて怒りのままにガラリと家庭科準備室のドアを内側から開いた。 女だったら誰にもで優しいとか、お国のせいでフェミニストなのだとか言われている留学生だが違うと叫びたかった。 「何だよ、あいつ。ただのスケベじゃないか!ちょっと格好いいと思ってさ、いい気になるなよな!」 しかも男のオレを触って何が楽しいというのか。 いや、スクール水着を着てマントを羽織って仮面を被っていたのだからオレが男だとは気付いていなかった筈だ。 卑猥な手付きを思い出してブルっと身体が震えた。 当たり前だ。男に触られて嬉しいものか。 だというのに、下着の中で主張する自身を前にこれはただの反射なのだと言い聞かせる。 そろそろ運動部も部活を終えて帰る時刻だ。 それに紛れて帰ってしまおうと下半身丸出しのバカ男がいる昇降口へと向かうと、階段の下から駆け上がってくる足音が聞こえた。 バタバタという荒い足音に男子生徒だろうとあたりをつけて、慌てて物陰に身を隠した。 近付く足音を耳に入れながらこっそりとそちらを覗き込むと、なんとオレが縛り上げてきた男が下半身丸出しのままで上の階へと駆け上がってきていた。 3年生の教室があるのは今オレがいる1階のすぐ上の2階で、とすると処分してやったズボンの代わりにジャージでも履くつもりなのかとすぐに気付いた。 「誰が…」 戒めのために恥部を晒してやろうと思っていたのに、それを邪魔された形になった。 まだ運動部員たちの声はグランドや体育館から聞こえている。 オレが縛り上げた時よりも、何故かボロボロになってはいるがそれでもこいつには暴力では足りないのだ。 余計なことをした人物を思い描いていると、突然背後から気配を感じて冷や汗が背中を伝った。 今の今までまったく気配を感じなかったというのにと焦って振り返る。するとそこには先ほどとは違った無表情な顔の留学生が腕を組みながらこちらを眺めていた。 「う、あ…」 「そんなところで何してやがる。いかにもモテなさそうな面してやがって…盗撮でもするつもりか?」 「バッ、しないよ!する訳ないだろう!?」 冷たい表情でこちらを見下ろす留学生に思わず喰ってかかってしまってから慌てて身体を引いた。 そんなオレを見ていた留学生はフンを鼻を鳴らす。 「で、てめぇの名前は?ついでに一年何組かも教えとけ。」 「な!ふざけんなよっ!オレはお前と同じ2年だ!隣の4組の沢田綱吉だよ!」 「隣…?あぁ、あのパッとしねぇのが揃ってる、」 「失礼だな!オレは確かにその通りだけど、山本と獄寺くんはそんなことないんだからな!」 いくらこいつが格好いいからといっても、自分の友だちだって負けていない筈だと切り返すと益々バカにしたような表情で笑われた。 「ハン!男友だちのアピールなんざ気持ち悪いぞ。ゲイか?」 「…!!?」 あまりの酷い暴言に言葉もなく怒りのままに睨みつけていると、飽きたとでもいうように肩を竦めてすいっとオレの前から立ち去っていく。頭にきていたオレはそれを止めようと留学生の腕を掴んだところであっという間に視界が回転した。 ドスン!と音を立てて床に叩きつけられたオレはつまらなそうにオレを覗き込む留学生の顔を見てもただ呆然と手足を投げ出すだけで動くことも出来なかった。 先ほどのオレは怒りに身を任せていたせいで普段のダメツナの枷が外れてしまっていた。だというのにあっさりとオレを投げ付けたこいつは何者なのか。 オレを覗き込んでいた顔がすいっとどこかに消えてしまっても、しばらくその場から動けずにいた。 翌朝。 いつものように遅刻ギリギリで校門へと駆けるオレの前に見覚えのある黒髪が女の子たちに囲まれて悠然と歩いていた。 遅刻だと声を掛けようとしたのだが、そいつの顔を見た途端に昨日のことが蘇り知らず眉間に皺が寄った。 首を横に向けながら脇を駆け抜けていくと、後ろから何か硬いものが後頭部目掛けてぶつかってきた。 チカチカと星が瞬く目の奥にズキズキと痛む頭を抱えてしゃがみ込むと後ろからヤダッ!やっぱりダメツナね!と口々に女の子たちに囃し立てられた。 「このっ、バカ留学生!!なんだよ!何の恨みがあるんだよ!!」 「うるせぇ。ダメツナのくせにオレの顔見た途端に横向きやがって…挨拶ぐらいするのが礼儀ってもんだぞ。」 「お前とかわす挨拶なんてないよ!」 いつもは大人しいダメツナを演じているのに、こいつの前でだけはどうにも上手くいかない。 昨日の今日だとしても、人目があるのだから大人しくしようと働く筈の猫がまったく被れないのだ。 しゃがみ込みながらもキッと留学生を睨んでいると、女の子たちがなまいきね!ダメツナのくせに!と文句を囁く。 留学生はそんな女の子たちの背中を押して学校に向かわせると、丁度のタイミングで始業前を知らせる鐘が響いた。 「…な、なんだよ。」 びびっている訳じゃない。 たとえボコボコにされたとしても、オレの身体はあの炎を自在に操れるように修業したお陰で普通の人より随分と丈夫に出来ているのだ。 骨を折られないように、内臓を守るように打点をずらせば酷い青痣は出来ても動けなくなることはない。 だけど、こいつは要注意人物であることだけは確かだった。 オレに気配を察知されることなく近付いたことといい、いくら不意打ちとはいえ受身すら取れなかったことも久しぶりだった。 気圧されたオレが、それでも逃げ出すもんかと視線を留学生から逸らさずに睨みつけていれば、一歩また一歩と近付いてくる。 喧嘩なら負けないと身構えていると、それも無視して長い手が見えないほどの早さでにゅっと目の前に伸びてきた。 「なにする、ん…!?」 「…リボーンだ。」 「は?」 「オレの名前は留学生じゃねぇ、リボーンだって言ったんだぞ。」 「…はぁ?」 突然そう言われて、掴み上げられていることも忘れて目の前の顔を見上げた。視線の先では憮然とした表情の留学生…じゃないリボーンがこちらを睨んでいた。 「リボーン?」 「そうだ、それでいい。二度と留学生なんて呼ぶんじゃねぇぞ。」 それだけ言うと掴んでいた胸倉をむこうに放るように手を離して歩き出していった。 オレはそれを呆然と見守ることしか出来ず、結果遅刻を余儀なくされた。 勿論、怖〜い風紀委員がそれを見逃してくれる筈もなく今日も今日とて放課後に居残りが決定してしまった。 . |