3.そんな訳で今日も補習である。 どんな理由かなんていちいち説明するまでもないだろう。ほっといてくれ、どうせオレはバカだ。 さすがに昨日の今日でまたあの3年生が女子生徒を襲うとは思えない。 普段は使わない頭をフルに使った後遺症で机の上に突っ伏していると、足元まで落ちた夕日がオレンジ色に輝いていた。 オレの額の上と拳に宿る炎の色と同じ燃えるようなオレンジ色に目を奪われる。 小さい頃から危険を察知すると炎が出る体質だった。 当たり前だと思っていたそれが特異体質だと知ったのは小学校に上がる前の夏休みのこと。 昔から注意力散漫だったオレは、その日友だちの家に遊びにいく途中で乗っていた自転車から転がり落ちた。 自動車も滅多に通らない小道だったが、間の悪いことにそんな小道を一台の車が警察に追い駆けられてもの凄いスピードで爆走してきていた。 よろけて転がった先に被せるように滑り込んできた車。 オレを避けようとしてハンドルを切るも道幅が狭すぎて逃げ場がない。 轢かれる!!と思った瞬間に身体の奥からぶわりと何かが噴出して、気が付けば目の前には自動車が何かに押し潰されたように前がぺしゃんこになりながらもオレを轢く寸前で止まっていた。 我を失った逃走犯が炎が!炎に押し潰された!と喚く中、近所のおまわりさんに連れられてオレの代わりに車に轢かれた自転車を引き摺りながら家路に着いた。 その日の夜、その話を父さんにすると顔色が一変した。 普段はちゃらんぽらんな表情で適当な返事しかかえさない癖にその時は酷く焦った顔で誰にもそのことは喋ってはいけないと約束をさせられた。 「いいか、ツナ。絶対にそれは誰かに言っちゃダメだぞ。それから、ツナのその炎だが…」 「これ?」 ボッと灯した額の炎を見た父さんは見る見る顔を険しいものへと変えていった。 意味は分からないながらもこの炎が原因でこんな表情になったことだけは確かだ。 すぐに炎を消すと息を吐きながら父さんは強い調子でオレを諭した。 「ツナ、みんながその炎を出していると思うか?」 「…うんん。」 よく考えてみればどの友だちも、先生も、父さんや母さんすら炎など出していない。 言われて気付いたオレはいけないことだったのかと俯くと、違うんだと父さんは優しい声を掛けてきた。 「そうじゃないんだ…そうじゃなくて、少し、そうほんの少しツナは他の子より特別な力があるんだ。それは悪いことじゃない。だが、みんなが持っていないその力をみんなに見せたらいけないんだ。どうしてだか分かるか?」 「わかんない…」 「みんなが持っていない力を持っていると知れたらツナのことを気持ち悪いという人がたくさん出てくるんだ。だから、これは父さんとツナだけの内緒だぞ。」 「分かった。」 どうして気持ち悪いと思われるのかその時は分からなかったが、この炎を誰かに見られてはいけないのだということは分かった。 それから身体の成長とともに炎を自在に操れるまでになったオレは、どうにか人に見られることなく昨日まで過ごしてきたという訳だった。 鞄をさげて突っ伏していた机から立ち上がる。夕日の向こうから運動部の練習する声が聞こえ、帰りに野球部を覗いていこうかと考えているとまたもきゃーっ!という女の子の叫び声が聞こえてきた。 イヤイヤまさか。 昨日あれだけ懲らしめてやったというのにまたなんてあり得ない。 あり得ないんだと鞄を片手に教室を出ると、今日は上の階からバタバタという足音が2つ響いてきた。 必死に逃げる女の子の足音とそれを追う声は昨日と同じ。 プチンとどこかの回路が切れた音がして、気付けば足は家庭科準備室へと吸い込まれていった。 髪の長い少女の細い腕を掴んだ男はそのまま肩を引き寄せると踊り場の隅まで少女を追い詰めた。 素行の悪い男を知っている少女はブルブルと震えていて、そんな少女を見た男が顔をゆがめながらゆっくりと覆い被さっていく。 誰か…!と声を上げた少女に応えるように階上から跳んできたのは仮面にスクール水着、それからマントを羽織った人物だった。 「懲りないヤツだな…」 夕日すら届かない階段の踊り場に現れた人物を見て顔を強張らせる男と驚いた表情の少女。 それを視界に入れながらスク水姿の人物はまるで瞬間移動でもしたように男の目の前へと着地した。 わずかな足音の後、おもむろに伸ばされた腕が男の胸倉を掴み上げる。無造作に掴み上げられた男は息苦しさに顔色を変えている。 それを呆然を見ていた少女に目配せをして立ち去らせると、スク水姿の仮面の人物は気を失う寸前まで締めながらも決して落としはしなかった。 「お前のような懲りないヤツはこうしてやる。」 そう言うと、家庭科準備室から失敬してきたロープで男の手首を縛り上げると下半身をすべて剥いて足首も縛り上げてから昇降口のど真ん中にポイと置いてきた。 意識があるせいで泣き叫ぶ男を無視して。 もう少しすれば運動部員たちが部活を終えてそこを通るだろう。 誰かが教師に言いつけるまでの間、バカ男の股間は晒されたままだ。 ひょっとしたら誰も言わないかもしれない。 それもよしと溜飲を下げたオレが、仮面を外そうと手を掛けたところで後ろから声がかかった。 「よお。」 「…」 イヤ〜な予感に慌てて仮面を付け直してからそっと振り返る。するとそこには昨日と同じく嫌味なほど整った顔がニヤニヤと性質の悪い笑みを浮かべながら下駄箱を背に立っていた。 「待ってりゃ逢えると思ってたぞ。」 そう言いつつ近付いてくる留学生の視線から慌てて下肢を隠した。 ぴったりしたアンダーで固定されているとはいえ大きめの水着から男だとバレてしまうのではと思ったからだ。 どうやらオレが誰だか気付いていないらしい留学生は、手で隠したそこをチラリと見るとそっと顔を近づけてきた。 「どうした?キスまでした仲じゃねぇか。」 耳元で声を潜めて囁かれてビクンとする。 言葉の暴力とはよく言うが、声が卑猥だと感じたのは初めてで聴覚の暴力だと思った。 囁かれた方の耳を手で塞いで睨み付けるが、気にした様子もなく背中に腕を回されて抱き寄せられる。 ぴったりと密着する身体から離れようと慌てて手で肩を押し退けると、背中にまわされていた腕がするっと下って尻を鷲掴まれた。 「ちっせぇ尻だな。もうちっと太った方がいいぞ?」 「っ…!離せって!」 ブン!と腕を振り回すとそれを難なく避けた留学生はまた合間を詰めて、今度はオレの肩を壁に押し付けると足の間に身体を捻じ込まれた。 下手に動けば股間が触れてしまう。そうしたら男だとバレると気が付いて動けなくなった。 動きの止まったオレを気にすることなく留学生は身体を寄せてきた。 そこを触られたらアウトだと股間だけは手で押えると、そこを通り越して太腿へと手が伸びていった。 筋肉の流れを確かめるような手つきだと驚いていると、突然片足の膝裏を抱え上げられて声が上がった。 「ひゃあ!」 膝裏から太腿の際どい部分まで滑る手に女の子のような甲高い声が上がる。すると後ろからゴン!と何かが転がった音が聞こえて目の前の顔がくくくっと含み笑いを零した。 「な、ん…!?」 「イイ声を上げると放置してきたヤツに聞こえちまうぞ。」 後ろから注がれる視線に気が付いて振り返ると、縛り上げてきた男がみのむしのように転がったままこちらを覗き見ていた。 カァァ!と全身の血液が沸騰するような羞恥が湧いて、掴まれていた足で留学生を蹴り上げると慌ててその場から逃げ出した。 つづく |